ルドルフ・ラバンを読んで

最近一番、興味を持って、ひたすら読んでいるのはルドルフ・ラバンの本。Image最近一番、興味を持って、ひたすら読んでいるのはルドルフ・ラバンの本。ルドルフ・ラバンは天才的な思想家である。これほど優れている考えを持っている人と出会うのは中々ない。20世紀の最大の思想家の一人であろう。

ルドルフ・ラバンはオーストリア=ハンガリー帝国で、1879年にボスニア・ヘルツェゴビナの軍政長官の息子として生まれ、本来は建築家の勉強を大学で学んでいた。しかし、子供の頃にバルカン半島で見ていたスーフィー(イスラムに基づく神秘思想)の踊りが忘れず、人間の動きそのものを分析し、それに基づく様々な発想をひたすら書いて行った。彼が見たスーフィー達は、踊りながらトランス状態に入り、皮膚を切っても、血は流れなかった。踊りながら、心が身体を超えている状態になっているのを見ていた。彼は人間の身体と動きについて深く研究する必然性を感じたのだ。
彼はウイーンに行き、カンディンスキーやシェーンベルクと出会い、新しい舞踊を作り出した。ダダイズムとかかわった。第一次大戦争の時はスイスでカール・ユングと共に多くの時間を過ごした。人生の晩年に、彼の人間の心理と動きの分析には、ユングと多くの共通点を持っていた事を、認める事になった。彼は自分のダンスのワークショップを始め、マリー・ヴィグマン等の新しいダンサー達を育てた。
1930年、ワグナーの未亡人、コシマ・ワグナーは、ラバンにバイロイト音楽祭で、『ニーベルングの指輪』、『パルシファル』と『タンホイザー』の振り付けを依頼した。これはドイツで注目され、再演が繰り返された。1930年代の前半では、ベルリン国立オペラのバレエの振り付けのディレクターとなった。しかし、彼の芸術論はナチズムと明らかに違う為に、ブラック・リストに入れられ、人生の後半をイギリスで過ごした。ピナ・バウシュは、彼の弟子の弟子。
ラバンは20世紀に生まれたルーミ(13世紀のペルシャのスーフィーの思想家)のようだ。

数年前に、いくつかのコンサートで、言葉を語りながら、自分と聴いているお客さんをトランス状態に連れて行く実験をして見た。それはティモシー・リアリーが60年代でやっていたサイケデリック・メディテーションの延長だった。ジョン・レノンは、それに一時期的に影響を受けていた。
しかし、言葉の語りで、そういう事をやるのは飽きた。精神科を職業としている人も、そのようなパフォーマンスを始めていた。今の時代では、何かニュー・エイジ的な宗教ぽさを感じさせ、怪しいスピリチュアルな運動に見えなくもない。
しかし、自分をトランス状態に入れられる特技を持っているように感じられた。
それは場合によっては、自分にとっても良くも悪くも働く。

ドビュッシーの曲『午後の牧神の前奏曲』のニジンスキーの振り付けをヌレエフが再現しているのを見た時、音楽との対位法的な動きに求めているものが見つかった。それは動きのリズムの取り方にもあった。観世寿夫のような優れた日本の能の役者は、言葉、歌い、と動きで、その状態を向かえられている事は、彼の演じる『井筒』の録音を聴くだけでも伝わって来る。
数年前に、グラフィック・デザイナー・美術家の粟津潔の言葉『線を描く』を朗読しながら、手を動かし、弦楽四重奏でそれを音で表すパフォーマンスをやって見た。初めは本当に実験的なものだった。しかし、動くデザインとして見せる為には、実験的な段階を超えた自己訓練をしなければいけないと思った。ダンスは動くデザインであり、言葉のない詩でもあり、音では表現出来ない音楽でもある。

線を描く   by Kiyoshi Awazu


一気にひいた線
どうでもよい線
美しい線
蛇のような線
渦巻く線
左右
ヘンチクリンな線
静まり返った線
目に見えにくい線
目い見えない線
約束を失った線
精一杯愛をひきづって行く線
希望を失った時の沈黙そのままの線
言葉を失った時の静まり返った線
楽しげに流行歌を歌うリズムの線それの私の笑いに満ちた線。
きれぎれの線
突然ヴァン・ゴッホのような太い激しい線
消える線 現れる線
実在を組成(そせい)する生命の形相(ぎょうそう)は変化。
われわれは変化の中に取り巻かれている。

今の時代のアートで、僕にとって、問題を感じるのは、多くのアーチスト達は自分の狭いジャンルだけを中心にフォローしている事だ。
多くの音楽家は文学についても、舞踊についても、あまり深い関心がない人が多い。舞踊の人たちは音楽の事があまり分からず、独特なデザインを身体を使って空間に作れるほどの美術的な独自性や感覚に恵まれていない。一人の人間が、アートも、ダンスも、音楽も作り出したら、それぞれのジャンルだけをやっている人に比べると、テクニーク的に弱いかもしれないが、その人が何を伝えたいかが、それだけ強く伝わるはずだ。バレエも、様々なダンスにはある基本的な形がある。チャイコフスキーの時代では、作曲家は現代の映画音楽の作曲家が作られた場面に付けるように、振付師が作った決まった形のバレエの動きに、合わせて作曲をした。それが仕事だった。しかし、今の時代で、本物のコラボレーションをする為には、お互いの考えの理解が、まず必要となる。こうした状態には中々ならない。舞踊のパフォーマンスに行ってつまらないのは、ひたすら先生から学んだ決まりきった動きをしているダンサーを見る事だ。何をダンスが伝えたいのかが中々見えて来ない。あるいは何をしたいのかは、見えて来るが、それがオリジナルに見えなかったりする。場合によって、それはギターの早弾きを聴くのと似ている。

ラバンの本は、殆ど日本語には訳されていない。イギリスで、彼が出版した本がいくつかある。最近はこれを手放せない。
作品を作って行くというのは、常にあるプロセスの途中にいるという事でもある。それは生きていく事と似ている。”われわれは変化の中に取り巻かれている。”

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作文:Ayuo

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