近未来の社会

下記にリンクをアップしたこの映像は私達の近未来の社会を描いたもの。

多くの科学者は、こうした未来を避ける事は、もう難しいと書いている。
最近のシリアや中東のデモやアメリカを見ると、確実この映像が描いている社会に向かっている。
この間、ジャレド・ダイアモンドの映像も紹介したが、彼の『collapse』(文明崩壊)等の本を読むと、その理由が分かりやすく見えて来る。
数年前では、地球温暖化から救える方法があるという事を政治家はよく言っていたが、今ではそれは確実に無理だと多くの科学者は言っている。どんなエコロジーの運動をやっても、それは気休めにしかならないだろう、と宇宙科学者のジェームス・ラヴロックは言う。
どんなに環境が崩れているかは、アフリカ等の第三世界の人々の方が強く感じているはずだ。そこでは、中国人やアメリカ人の資本家等が資源の権利を買い争っ ている。それは地球の資源(水、石油、材木、等)がなくなっていくのが目に見えているからだ。アフリカや中東の戦争や紛争は、こうした外から来ている資本 家が作っている、とジャレド・ダイアモンドは書いている。

皮肉にも、『帝国主義反対』と一番大きな声で叫んでいた中国は、最も成功している国家資本主義の国とアメリカで書かれるようになった。最も極端な資本主義と帝国主義の国になってしまった。
しかし、これはもはや、個人個人のサヴァイヴァルだけの時代になったという事だ。

そして恐怖から極端な宗教や政治、人種主義、ナショナリズム、テロ等が増えている。

僕は数年前から興味を持って、生命科学者リン・マーギュリスとその仲間、宇宙科学者ジェームス・ラヴロックの本を読むようになった。この二人は、地球上の 全て生命はつながっているという”ガイア”理論を作ったが、”ガイア”理論は科学者の間で広まる以前にニューエイジ系の人たちにのっとられ、別のものに変 えられてしまったとラヴロックは言っている。この映像は映画『Children of Men』から来ているが、そのDVDにジェームス・ラヴロックや哲学者スラヴォイ・ジジェクのインタービューが入っている。面白いので、このインタビュー は多くの人達に見て欲しい。この映画は、環境汚染等の理由から、男性が精子を作れなくなった未来社会を描いている。実は、その状況はもう始まっている。男 性が男性として機能出来なくなると、どうしても男性として見せたくなり、より凶暴になる場合がある。

いくつかの次のイギリスの新聞のリンクを見て欲しい:

http://www.independent.co.uk/news/science/scientists-warn-of-sperm-count-crisis-8382449.html

http://www.guardian.co.uk/environment/earth-insight/2013/may/02/white-house-arctic-ice-death-spiral

二つ共にイギリスのメージャーな新聞の記事。
この最後のリンクは、2013年の5月9日のものだ。
2015年には北極の氷がなくなるかもしれないと書いてある。
その結果、世界中の天候が崩れ、食べ物の作れる量がへり、国によっては餓死状況や暴動が始まるだろう、とホワイト・ハウスで言われている。その為、残った 資源を守るためにアメリカでは軍隊をより強めなければいけないと書いてある。それは、中東やシリアで起きている状況が近い未来にヨーロッパ、アメリカ、中 国、日本等にもやってくるからだ。これはジョークではない。SFでもない。ガーディアンというイギリスで最もメージャな新聞に載った記事だ。

今出来る事は、このような社会になる事をみんなに伝えて、心の準備を始める事だと、ジェームス・ラヴロックも言っている。
後で、ラヴロックのインタビューもアップロードしたいと、僕は思っている。

ところで、この映像の音楽『A Prayer for England』はMassive Attackというイギリスの南西の町、ブリストル出身のバンドの曲。90年代ではビョークやマドンナと共演もしていた。映画音楽は現代音楽の作曲家  John Tavener が書いている。John Tavener が弦楽四重奏とビョークのヴォーカルの為に書いた曲は素晴らしい。中世ヨーロッパ音楽のようでありながら、現代の今の状況にぴったりな曲だと思う。
前回書いていた、ジャン・ルイ・バローの言葉をまだ日本語に訳してアップしていませんが、これも今の時代に必要な考え方だと僕は思っている。

こうした時代になると、誰が本当の友達かを考えないといけなくなる。そして、友達とは何か、という事も考えた方がいい。
アイディオロジー、ドグマチックな政治思想や原理主義的な宗教は危険な状況を作る。
ジャレド・ダイアモンドは書いている:原始部族の社会では、お互いの人間関係の方が客観的な法則よりも重要だった。国家社会では、神や宗教等の客観的な法 則を使って人々をまとめる必然性が出来たが、原始部族の社会では、そこの人間がお互いと共に一生過ごしていたわけだから、客観的な法則よりも人間関係を守 る事が大切だった。

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