出前ギター教室をやっている。

最近は出前ギター教室をやっている。
神奈川県に引越ししてしまったが、ギターを教えていた人たちはみんな東京。
そこで、交通費をたしてもらって、その人の自宅、あるいは、会議室等に僕から行く事にした。
レッスンの内容はその人に合わせる。
ギターの弾き語りでビートルズから始まり、ワン・ノート・サンバ等のスタンダード曲やイギリス民謡をやって行く人もいれば、クラシック・ギターの初歩から教える場合もある。イギリスやアイルランドのトラッドで使われるオープン・チューニングやハワイのスラック・キー・チューニングも教えられる。練習を毎回ちゃんとと続けると、今までギターをやっていなかった人がクラシック・コンサートで演奏出来るヴィラ・ロボスののPrelude曲集に一年でたどりつけられる。キチンとした指使い、5線譜の読み方、そして英語の歌の曲の発声練習等も求めれば教える。
週末には、午後と夜レッスンをしに出かけた。一人はもうすでに即興演奏のライヴ等の数は、今では僕よりもやっている人。
ご興味ある方がいらっしゃれば、連絡をお願いします。

『フレッド・アステアとジョージ・ガーシュイン』よりのテキスト

7月7日に演奏される『フレッド・アステアとジョージ・ガーシュイン』よりのテキストの抜粋(Ayuo, 大須賀かおり)

フレッド・アステアは姉のアデルと共にアメリカの田舎のネブラスカ幼児時代を過ごしたが、彼はその事を覚えていない。
失業者となってしまった父と家族を支えるため、物心ついたころからニューヨークでダンス・レッスンに通っていた。

何かきっと新しい事が起きる。ニューヨークにはそんな空気が漂っていた。

二十世紀初頭の十年間、ボードビルが大衆エンターテイメントの中心となっていた。15歳のフレッドは自分のスタイルを見つけだそうとしている一人のダンサーだった。
そんな中、16歳のジョージ・ガーシュインと出会い、2人はただちに友情を結んだ。

フレッドは自分がどんなにミュージカルをやりたいかをジョージに話した。
ジョージも自分がミュージカルを書きたいと思っていると言った。

『僕が書いて、君がそれに出演できたらすごいと思わないか?』
その言葉はほんの数年後に実現する。

そんな時代、コール・ポーターはモロッコに旅をした。太陽の神と月の女
神・・中東の古代に魅せられて、『night and day』という歌を作曲した。

ニューヨークでは、新しいミュージカル・シーンが始まりつつあった。
新しい響きが求められていた。
ガーシュインが作曲したミュージカル『ファニー・フェイス』には,今まで聴かれた事のない響きがあった。そして、フレッド・アステアをソロ・パフォーマーとして確立させたのだった。このショーはスマッシュ・ヒットとなり、二人にとってもキャリアの転機となった。

『ファニー・フェイス』より
♪How Long Has This Been Going On
♪He Loves and She Loves
そして、ガーシュインの
♪Embraceable You
♪Swanee

その他、『Someone to Watch Over Me』, 『Night and Day』, 『Occasional Dream』を、大須賀かおりさんの語りを挟みながら演奏します。

ジャン・ルイ・バローがアントナン・アルトーから教わった錬金術的な呼吸の訓練の基本

ジャン・ルイ・バローがアントナン・アルトーから教わった錬金術的な呼吸の訓練の基本。Ayuo翻訳(ジャン・ルイ・バローの自伝より)

錬金術師の実験室を想像してごらん。
私の道具は、人間の身体のみ。
私の分野は、今生きている生命の状態
沈黙。
さあ、始めて見よう。

動く生命。
一つの今の瞬間は次の瞬間に代わって行く。
いくつものの死が、最後の変化まで変化し続ける。
生成。

人は同じ風呂の水に二回入らない。- ヘラクリトゥス。

これは太古から知られている事だった。動作は空間。ゆっくりした行進の中、分子がお互いに出会い、触れ合い、ぶつかり合い、関係が作られる。生命の全てのホコリは、この遊びの中での交流が止まりなく、作られて行く。そして、それは、あるリズムによって行う:それが宇宙の重力のテンポ。

『今』という瞬間を形作る。
その中々つかめない振動が見える物体に変化する為には、自然体のままで、次の事が表せる道具が必要となる。
動作。
交流。
リズム。

さあ、私について、その物体に触れて見よう。脊柱管はむちのように柔らかい。これこそ、動作そのものではないか?蛇のような柔軟性。鍛冶屋の蛇腹に気づいて見て。人工呼吸器、止まる事がなく、宇宙と存在、そして自己とその外側の二つ循環を続けて行く。これが交換の拠点であろう。そして、あの魔術師の太鼓、ハートに耳を澄まして見よう。短いビートとそして長いビートをたたき続けている。短調路から成り立っている。これこそが、宇宙のリズムではないか?生きているものは短調路をたたいている。

呼吸の動作をよく見てみよう。胸をふくらませて、空気を取り入れる。そして、引き締めてから、その空気を送り出して、与える。息をしっかりとつかんで、息を止める事が出来る。これが、太古からの生命の三つに要素。受け入れる、与える、保持する。息の3つの要素は、inspiration, expiratipn, retention.考えなくても、出来てしまう。
そしてそれには次の意味がある:
受け入れるのは、feminine time (女性的な時)
与えるのは、masculine time (男性的な時)
保持するのは、neuter time (中性的な時)
これがカバルの3つの要素。

これをどう使うか?
存在は常にダブルである。だから、二つの息の仕方、無意識にしている呼吸と『自己』の呼吸が存在している。無意識にしている呼吸は生きる為に必要である。『自己』の呼吸は、そのPersonage (ペルソナ)が必要としている。人と人が会うときは、そのPersonage (ペルソナ)に会っている。これを自分で分かって来て、『自己』の呼吸の仕方を変える事が出来るようになると、無意識にしている呼吸も変えられるようになる。
錬金術師の実験室でやっているように、こうした息のコントロールが出来れば、自分をあらかじめに決めた状態にする事が出来る。これは生物の行動の科学につながって行く。これが演じる事(演劇)の基本。

ジャン・ルイ・バローの『天井桟敷の人々』

ジャン・ルイ・バローの最も知られている映画『天井桟敷の人々』からの予告編。『天井桟敷の人々』 はバローのアイディアで台本が書かれ、映画化された。彼のパントマイムの仲間が中心の役を演じている。バローは主役のバプティストを演じている。戦後の 1946年に、『天井桟敷の人々』の演劇ヴァージョンで、二十歳になったばかりのピエール・ブーレーズがオンマルトノの演奏者として出演した。その後 1968年まで、ブーレーズはジャン・ルイ・バローの演劇の音楽監督になり、Domain Musicalという音楽フェスティヴァルをバローと共に企画した。
https://www.youtube.com/watch?v=bmbVA18XRIk

CDの次作品のデモ録音 ー 5月から夏

最近はCDの次作品のデモ録音を始めていた。
二日間で8曲半を取ったが、まだまだ、たくさんの素材がありすぎて困っている。
このまま行ったら、10枚以上のCDの分量を、そのまま録音してしまいそうだ。
こういうことをしている時は、ただひたすら、面白い。
これほど面白い事は中々ないと思いながら音を録音して行く。

しかし、この数年思っているのは、人生には面白いことがありすぎる。
100年生きても足りない。
例えば、科学者の文書を読んでも、面白い科学者というのは人間も芸術家であり、クリエイターであり、想像力が豊か人がだから、新しい見方が出来る。Lynn MargurisやDorian Saganの科学の文書を読むと詩のように読める。ラバンやバローなどのダンサーやパフォーミング・アーチストの本を読んでもそうだし、自分で様々なダンスのクラスに行ってもそうだ。
生命科学者のLynn Margurisはアントナン・アルトーやシュールリアズムの影響を受けていて、小説家として本も出している。
あるタイプの人は、科学者として表現しようが、詩人として表現しようが、絵描きとして表現しようが、一つの思想を、様々な表現を使って表現する。

科学者の本を読んでいると科学者になればよかったと思ってしまい、気に入った科学者の本をひたすら全部集めてしまう。キャンベル、ユング等の神話分析の本を読んでいくと、神話学者か文化人類学者になればよかったと思ってしまう。人生の時間がたりなくなる。
春にウツになるという人のことを聞くが、こんなに明るく、暖かくなった時にどうしてだろう?と思ってしまう。
おそらく、生きていて、一番の問題は人間関係のトラブルと固定観念に頑固に固まった人が起こすトラブルだろう。
人と余計にかかわらない方が、楽しく生きれる。

音楽そのものだけには、興味がない。言葉も音楽も表現するためにある道具であって。それを作ることが目的ではない、と思っている。
言葉は語ることがあるから人は使う。それと同じく音楽も、それを使って語ることがあるから作られていく。
その語られる事というのは、言葉を超えたものであったりする。
60年代のロック・カルチャーはカルチャーとしての必然性があったから、面白かった。
音楽そのものだけが良かったか、というとそうではなかったかもしれない。
最近読んでいた、ジャン・ルイ・バローの自伝では、戦後の1946年に20歳になったばかりのピエール・ブーレーズと共に、新しい演劇と音楽のシーンを始めたことが書いてあった。その考え方をまとめた文章には、アントナン・アルトー等の影響も強いが、戦後のパフォーマンスと現代音楽のシーンをリードしていくものだった。戦争の破壊の後に新しいシーンを開いていくパワーがあって、その当時では面白いシーンだったに違いない。バローは、その後、ニューヨークから世界中に、最初にパリでブーレーズ、シュトックハウゼン、等と共に始めた音楽に影響を受けたものを聴くと、”これは私達が作り出したものだと、その父親のような誇り高い気持ちになる”と書いてあった。
戦後の1946年、ジャン・ルイ・バローとピエール・ブーレーズの最初の共演は、バローの作った『天井桟敷の人々』の舞台版だった。ブーレーズはオンド・マルトネ(メシアンの作品等で使われている電気楽器)を劇場で毎日演奏していた。今月の終わりに、パリ・オペラ座のバレエ団が新しく作られたバレエ作品『天井桟敷の人々』だけを持って日本をツアーするが、バローはこの作品についてどう思っただろうか?

リリースはまだ決まっていないが、デモ録音を始めて良いとあるレーベルから言われた。
そこで外苑前のレコーディング・スタジオで、弦楽四重奏のメンバー4人(甲斐史子、大鹿由希、宮野亜希子、松本卓以)とパーカッション奏者の立岩潤三さんを呼んで、この2-3年作っていて録音をしたかった曲から始めた。僕もアイリッシュ・ハープ、エレクトリック・ヴァイオリン、ギター、ベース、ピアノと歌と語りを録音した。

80年代の初めから、様々な録音をしてきた。
時々、何年も後に、その反応が分かる時がある。
僕の教えているアンサンブル・クラスに、僕のCD『Earth Guitar』で録音した曲を生徒達に、他のスタンダード曲と共にかけると、演奏したい曲によく選ばれる事がある。80年代で作った『Standing at the Edge』や『Dance of Life』等の曲。
『Standing at the Edge』はボスニア人のシンガー・ソングライターのヤドランカさんのCDで『Standing on a Cloud』という別ヴァージョンで録音されている。
この『Earth Guitar』は正式な録音まで、時間がかかつたCDだった。
86年にイギリスのバースという町で『Nova Carmnina』というアルバムを録音して、レコード会社MIDIからリリースされた。
87年には、その次作品としてのデモ曲をMIDIに届けたが、その時には反応がなかった。3枚のアルバム契約も切れた後だった。

その12年後の1999年に、MIDIの社長の大蔵さんという方から、『最近『Nova Carmina』を聴いていて、その続きを聴いて見たいと思っている』という電話があった。そして400万円の制作費と100万円の宣伝費を用意するとういう話だった。そのお金はトラヴェラーズ・チェックで渡すので、『Nova Carmina』の時のようにイギリスで録音したものをMIDIに届ければ、どんな使い方をしても良いと言われた。例えば、100万円で録音を完成出来るのだったら、残りは使いたいように使えば良い。 これが多くの音楽家や芸術家が最も望む条件だろうと思う。人は500万円渡されて、好きに使っていいよ、と言われたら、どう使うだろう?

使い方として、僕は出来る限り多くの作品を取ってしまおうと思ったので、数ヶ月間に渡って、長く細く使った。当時、尚美で教え始めだした時だったので、アンサンブルのクラスの生徒達も参加させて、使えるトラックは使った。イギリスでは丸一ヶ月間滞在して、その渡航費、滞在費、食費、等含めて、全ての予算は制作費から使った。イギリスで87年に作ってあったデモ・テープの曲に基づいて、8月頃から録音を初め、12月にイギリスで86年の『Nova Carmina』の時と同じスタジオをブッキングして、同じミュージシャンも数人頼んだ。
そして、その次の年の春にリリースした。2枚以上のCDに入る作品の分量を録音して、一枚にまとめた。
MIDIからは4枚の作品が出ているが、この作品が一番気に入ったものになっている。それだけの余裕が作品から感じられる。また、80年代よりも、技術的にも、人間的にも、進んでいた。若い頃に、良い曲を書いたとしても、その表現力は経験をつんだ方がうまく出来ていく。これは、優れているダンサーや役者でも同じだと思う。87年当時では、出来なかった事が出来るようになっていた。
今では、歌っていなかった歌が歌えている。

2000年代の前半では、ニューヨークのミュージシャン、ジョン・ゾーンがニューヨークで持っているレーベルTZADIKから3枚のCDを作ってくれた。そして、このもっと最近では、日本のZipanguというラジオ番組の制作をしていた会社から発展したレーベルから2枚のアコースティックのアルバムが出ている。
今、録音しているものはまた、今までのとは別の傾向のものだ。
ネオ・クラシックと言えるかもしれない中世音楽のようなクアルテットの曲。そして歌の曲。
まだ仕上がっていないので、あまり話せないし、書けない状態だ。

とりあえず、2日で8曲録音した。
もしも、今一千万円程の制作費で作品を依頼されたら、ただひたすら次から次へと録音してしまって、その映像作品を作り、本を作り出すだろう。
どこまで、人がついて行ってくれるだろうか?

My Bloody Valentineについて

マイ・ブラディー・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine) のみが、今の僕のfacebookで雄一の好きなロック・バンドとしてmusicのところに書いてある。今年の2月にMy Bloody Valentineの新譜、彼らの3枚目になる”mbv”出てからは、ロックのCDとしては、このCDが家で一番かかっている。
My Bloody Valentineには、La Monte Youngが60年代にやっていた、Dream Syndicateのミニマルの実験音楽や80年代に作曲家のGlenn Branca やバンドのソニック・ユース がエレクトリックのオープン・チューニング・ギターでやっていたサウンドの影響があった。その影響をさらに、今までになかったサウンドに持って行ったバンドだと思っている。
彼らは一つのサウンド・コンセプトを少しづつ広げて行った。1987年に現在のメンバーになってから、3枚のCDしか出ていない。2枚目 の”Loveless”というCDは、それまで音楽になかったサウンドだった。そして、今年でた3枚目は、”Loveless”が発売されて22年ぶりに 出たものだが、見事に”Loveless”で作っていたサウンド・コンセプトを次の段階に持って行った者だった。

メンバーは4人だが、サウンド作りの中心になっているのは、二人のギターとヴォーカルを担当しているKevin Shields (1963年生まれ)という男性とBilinda Butcher (1961年生まれ)という女性。メンバーは本当は4人(女性ベーシストと男性のドラマーがいるが)、
”Loveless”の殆どの曲には、KevinとBilindaしか参加していない。
彼らの人気が出てきた90年前後では、二人はカップルだった。彼らの80年代から90年代前半の録音を聴いていると、おそらくカップルでなければありえないようなサウンドに聴こえてくる。
Kevin Shieldsはニューヨークのクイーンズに生まれた、1973年に家族と共に先祖の国、アイルランドに引っ越さなければいけなかった。彼にとっては、ま るでニューヨークから突然 ”old country”に引っ越したように感じて、その環境に慣れることが難しかった。今でも彼はアメリカの国籍を持っている。しかし、当時グラム・ロック(デ ビット・ボウイ、マーク・ボラン、ロクシー・ミュージック、ブライアン・イーノ)等が流行り出した時代だった。その影響で音楽を始めた。二十歳の時に、 This is your bloody valentineというデビュー・アルバムが発売された。しかし、現在のMy Bloody Valentineのサウンドは、ロンドンに引っ越して、ベースのDebbie Googe(1962生まれ)と ギターとヴォーカルのBilinda Butcher が参加してからだと本人も言っている。
Kevin Shieldsは子供の時から倍音の響きで遊ぶのが好きだった。彼と彼の妹は一つの音程を長く歌いながら、それを少しづつずらしていくのが好きだった。例 えば、ドレミの レの音程を一分間二人で延ばして、一人がレから少しづつドの音程に向かって、4分の一音から半音、そして一音下に向かってスライドして行 くと、倍音がぶつかり合い、周りの空間で歌っていない音がわんわん響きだす。これは、ニューヨークでミニマル・ミュージックを始めたと自ら言っている作曲 家La Monte Youngがグループでやっている事でもあった。彼のグループ、Dream Syndicateでは二人の歌い手が倍音の響きを意識しながら歌い、さらにジョン・ケールがヴィオラで、、トニー・コンラッドがヴァイオリンで、持続音 とその周りの音程をずらしながら即興的に演奏をしていた。ヴァイオリンとヴィオラは、いっぺんに二つか三つの弦を弓で弾けるように、楽器が直されていた。 全ての音は、極端な大きな音で演奏されていた。こうした音の空間に包まれると、意識がトランス状態に入って行く。
Kevin Shieldsは、さらに、ギターのトレモロ・アームを使って、少しづつ音程をずらしながら弾く奏法を考えた。二人のギタリスト、Kevinと Bilindaがやっていると、倍音が空間に響きあう。曲によってはチューニングを変えてやっていた。My Bloody Valentine のcigarettes in my bedではギターの六弦が下から上まで、EEEEAe とチューニングされていた。Only Shallowという曲では、EBEF#Be。Moon Songでは(E)A#A#A#A#a#となっている。
ギターは19世紀では、一つのコード(EやDが多かった)に調弦してアイルランド民謡等を演奏する人が多くいた。今でも、その為の譜面が残っていたりす る。ブルースを演奏する20世紀初頭の黒人のギタリスト達は、普通の調弦よりもコードに調弦することが多かった。60年代では、ジョニ・ミッチェルが自ら 50個のチューニングを使っていると語っている。ジョニ・ミッチェルのチューニングはジャズ、ボサ・ノヴァや印象派の響きが押さえやくしている。しかし、 オープン・チューニングであるという事は、それ自体で普通の調弦のギターの響きよりも倍音が多くなり、独特な響きを作った。この響きで、ジャコ・パストー リアスやパット・メサニー等のジャズ・ミュージシャンと演奏していた。Kevin Shieldsの使い方は、さらにニューヨークの作曲家Glenn Branca やバンドのソニック・ユース の使い方にも影響を受けている。そして、弦を付け直さないと響かないチューニングを作り、それにトレモロ・アームを使い、いくつかのエフェクターを付け た。
My Bloody Valentine のサウンド・ミックスはKevin Shieldsがやっている事が多いが、これも独特の音がする。聞き手が一つの全体のエネルギーに包まれるようにミックスされている。ヴォーカルははっき りと聴こえて来ない。男が歌っているか、女が歌っているかも分からないようにしたい時がよくあったとKevin Shieldsは語っている。ミックスだけではなく、Kevinが高い声で女性のパートを歌い、Bilinda が低いパートを歌う。Bilinda の 低い声は独特だと思う。ジャケットもそのサウンドと同じように、光でぼやかしたものが多い。男女も一つなり、様々なエネルギーが一つになっていく。サウン ドは、こうした状態を最もよく表わしている。ライヴの時は、極端に大きな音で演奏しているらしい。Fuji Rockで来日した時は、音が他のバンドより もあまりにも大きく、演奏が始まると、お客さんは一歩下がってしまったという噂を聞いた。
最近のCD”mbv”にはさらにジョビンやジュアン・ジルベルトのコードの使い方のような影響が僕には聴こえてくる。
My Bloody Valentineの人気は、2000年代にアメリカの監督、ソフィア・コッポラが二つの映画で音楽やミックスをKevin Shieldsに頼んだ事から復活してきた。

最近のコメントには、Bilinda がいかに若く見えるかが多い。Bilinda は、今年52歳のイギリス人の女性で、3人の息子を育てていたはず だ。長男は、もうすぐ30才位のはず。しかし、人気が出た80年代後半と殆ど変わらなく見える。『いったいどうやっているのだ』と書いている人も多い。し かし、よくプロフィールを見ると彼女はフラメンコのダンス・インストラクターの資格を持っていて、跆拳道(韓国の空手に近いマーシャル・アーツ)のグリー ン・ベルトを持っている。昔のヒッピーやドラッグにおぼれてしまったミュージシャンは、年取るとかっこ悪くなった人が多いが、自分のケアをして来た人は違 う。生き方が反映している。今でもカッコイイ。

今日26日、My Bloody Valentine は来日していて、FUJI ROCK Festival で演奏するはずだ。しかし、僕は行けない。その代わりに、youtube で映像を見て、このような文書を書いてしまった。

これは前回のFUJI ROCK Festival でのライブの映像:

https://www.youtube.com/watch?v=3DEnwUAzPG4&list=PLpEBhmmrt1RX_4oU_dZ4vHMkv_0jpeZpQ

『ユーラシアン・ジャーニー』と『神話の力』

これは僕のCDの『ユーラシアン・ジャーニー』やピアノやアコーディアンで演奏される『ユーラシアン・タンゴ』を書いた時に引用したジョーゼフ・キャンベルの神話の力からの言葉です。僕の手元に日本語版がないので、英語で言葉で書いて、なぜ今意味があると思っているかを下記に書きます。
多くの人たちがこのような私の曲を演奏してくれるのはありがたいが、どういう意味を含んでいるかを、理解しないままやっているのは私にとって悲しい部分がある。私の書いている事と賛成していなくても、良いのだ。人間がみんな違う考えを持つのが当たり前だから。

From “The Power of Myths” by Joseph Campbell with Bill Moyers. (page 107) -日本語では『神話の力』として訳されている。

Campbell: There is an old romantic idea in German, “das Volk dichtet”, which says that the ideas and poetry of the traditional cultures come out of the folk. They do not. They come out of an elite experience, the experience of people particulary gifted, whose ears are open to the songs of the universe.

Moyers: who would have been the equivalent of the poets today.

Campbell: The shamans. The shaman is the person, male or female, who in his late childhood or early youth has an overwhelming psychological experience that turns him totally inward. It’s a kind of schizophrenic crack-up. The whole unconscious opens up, and the shaman falls into it.

Moyers:And ecstasy is a part of it.
Campbell: It is
Moyers:The trance dance, for example, in the bushman society.

“Volk” ( 英語でfolk)というコンセプトは19世紀に発展したヨーロッパのロマン派時代のアイディアである。ヨーロッパのEnlightment philosopphers (啓蒙思想家達)にその元はあったが、18世紀のフランス革命で、その影響力は広がった。 ”民衆””人民””民族”等の言葉やそのアイディアは、この時代のヨーロッパに起きたことから、その近代的な意味が作られた。ドイツという国はなかった。イタリアという国もなかった。日本も韓国もなかった。中国は満州族の支配する帝国だった。民族国家ではなかった。今でも民族国家ではない。
殆ど人たちは、この時代では旅をする事が出来なかった。どこどこ村の一郎兄さんだったりした。”私は日本人”、あるいは”イタリア人”といった意識はなかった。近代国家を作るために、民族というフィックションを作る必要があった。
僕がYokohama International School と言った学校に行っていた時に、そこの歴史の先生は、ヨーロッパでは昔はカソッリクであるかプロテスタントであるかが戦争を始める理由だった。私は”イギリス人”であるという意識は大英帝国と共に始まり、大英帝国を支えるものだった。これを日本におきかえると、”日本人”というものは大日本帝国を作るために作られたフィックションである、ということになる。朝鮮、中国、そしてアジアを支配しやくするために作られた存在でもある。
現代の中国は、この事を分かった上で政治を行っている、と思う。数年前の、尖閣諸島に対するでもで、沖縄は中国のものだとかいたるプラカードが目立っていた。それから、中国が中国の少数民族としている人々のリストを見ると、沖縄の人は”琉球人”として中国人の少数民族になっていた。日本人も大和民族としてそのリストに入っている。日本が中国人と呼んでいるのは、漢民族の事だ。中国は元々はローマ時代と同じ頃に作られた帝国であり、支配している全ての民族を中国人としている。ローマ帝国に住む人々がローマ人であったと同じように。中国からするとチベット人も中国人であり、新疆に住むトルコ系の民族も中国人である。”琉球人”は中国人であると主張は最近もっと中国で増えている。実は、大和民族は全て中国人であり、日本人が大和民族(日本)を侵略して支配しているとも言える。”日本人”という存在は、大日本帝国を作るために作られたフィックションのもので、アジア(特に中国)を支配する思想で作られていたと考えれば、これも理解できるだろう。これは、もちろん、未来に”日本”というフィックションは中国の一部になるべきだという主張になる。

これを見ている多くの人たちは自分は”日本人”という意識を持っているだろうか?僕にとってはそれは何にを指しているものだろうと思ってしまう。『民衆のために』とかのようなサインを見ると、いったい何の幻想をこのような事を言う人は見ていたのだろう、とつい思ってしまう。ただ、ある時代では、左翼である事がインテリぽく、カッコイイと見えた事が分かる。その”people”という存在は今やヨーロッパのロマン派時代から生き残った亡霊のように聴こえてくる。しかし、川が逆に流れないと同じように、昔に行った事は、未来には同じ意味を持たないように思う。

最もアイデンティティーの意識が薄い人がナショナリストや宗教の原理主義者になる。9月11日のニューヨークのテロを行った人たちのバックグラウンドを見ると、イスラム教の国で教育を受けていない人々が多かった。

RSA (Royal Society for the encouragement of the Arts)で近年にレクチャーしている哲学者達の中には、、原始部族では親族同士にempathy(共感覚)があり、王国や帝国には同じ宗教うを持つ事にempathy(共感覚)があった。民族国家は、民族という今までなかったアイデンティティーを作ったが、これからは、そこから発展して、グローバルなempathy(共感覚)を作れるはずだ、という人もいる。別な人は、今のグローバルな経済社会は壊れつつあり、昔のトライバル(原始部族的)な社会から学ぶべきだと考える人もいる。また、別の人は20世紀までにあったユートピア的な考えは完全に終わったと書いている。そして、人間社会は常にプログレス(発展)していくという近代の西洋の考えを捨てるべきだという人もいる。人間のテクノロジーが進化しても、人間自体は進化出来ない。人間にとっては、宗教や暴力は遊びやセックスと共に必要だろう、と書く哲学者もいる。この考え方とは別に、人間は今までも問題を直面するとそれの答えを探し出す能力があったわけだから、今は見つかっていなくても現代が抱えている様々な問題をきっと解決していくだろう、と書く人もいる。そして、生命科学等がわずかの間で、どれだけ発展したかを例に出している。

近代国家という形は、崩壊に向かっているように見えるが、どうなっていくかはまだ誰も言えないだろう。アメリカが雄一のスーパー ・パワーとされていた20世紀の終わりのすぐ後に、『テロと戦う』という名目で、恐怖で支配する政治の時代が始まった。恐怖を使わないと、支配し辛くなっている。携帯電話も、コンピューターでみんながつながっていることも、現在の支配する方法である。ナチ時代のような表面化した支配の仕方は、今では難しい。そして今では、、19世紀の考え方も、20世紀の考え方も当てはまらなくなった。新しいルールで新しく考える時代が始まった。それは、コミュニズムでも、ナショナリズムでも、アナーキズムでも、グローバリズムでもなかった。そしてキリスト教でも、仏教でも、イスラム教でもなかった。ヒッピーでも、、ニューエイジ・スピリチュアルでもなかった。おそらく人間が何であるかを見つめることから始まるだろう。それは、自分は何であるかを理解する事でもあると思う。それは内面を見る事とも違う。人間を冷静に見ていると、自分の内面も見えて来る
崩壊の時代には、崩壊の時代の生き方がある。そして新しい時代には、新しい時代の生き方があるだろう。まだそれに言葉は付いていない。誰もこれだと言えるわけではないが、それが面白い。

今の時代がコンサーバティブ(保守的)に見えるのは、多くの人々が崩れていく毎日の中で、昔の生き方に必死にしがみ付いているからだろう。しかし、時代をよく見つめると、今で想像が出来なかったほど時代は変わって来ているように見える。

RSAの紹介

最近はRSA (Royal Society for the encouragement of the Arts)というイギリスのホームページで紹介されている哲学者達のレクチャーが面白い。哲学も、音楽と同じようにその時代によって考え方が変わってい く。新しい考え方も次々と出てくる。
ホームページには、いろいろな人のレクチャーに、昔のモンティ・パイソンのような手書きのイラストを使ったアニメーションを付けているヴィデオがいくつも紹介している。
21世紀のための哲学は20世紀と全く違う。 おそらく、想像以上に違うだろう。そして、様々な考え方がある。この多様さが面白くしている。一つの共通点といえば、18世紀の啓蒙思想から発展していた 考え方がもう通用しなくなっている、そしてそこから発展した今私達が住んでいる社会も壊れかかっている。そして、今私達はどうしていくべきか、という事だ ろう。19世紀から20世紀の西洋思想は18世紀の啓蒙思想を発展したものだった。その発展から、20世紀の様々な政治思想があった。今、私達は20世紀 の政治思想に基づく国家社会に住んでいる。それが、壊れていく時に、どのように状況が変わって、どう変わるべきなのか、と様々な人の意見がある。
一人の人の意見からは、それに賛成出来る部分とそうではない部分が出てくるだろう。だから、いろいろな立場の人のいろいろな考え方を聞くと面白いし、その中で自分はどう思うかを考えて行ける。

http://www.thersa.org/

http://www.youtube.com/watch?v=hpAMbpQ8J7g

http://www.youtube.com/watch?v=jmRBHCclzZ

今度のドルの暴落について

この間、カナダの面白いニュース番組のインタビューがyoutubeにあったので、ここにリンクします。
『私はアナーキストです』とベストセラーの本をいくつか書いた、この経済学のジャーナリストは、今年のインタビューで語る。『今までは、経済を分析するジャーナリストとして、仕事をしてきたが、この3年位で、ドルは今まで考えられなかったほど暴落してしまう。今度はリーマン・ショックの程度では終わらない。何故かは、今の経済を見ているとよく分かる。その暴落のスタートは、福島の原発の事故から始まっている』、と彼は言う。現在の様々な戦争は資源の争いがバックグラウンドにある。ここで彼は言っていないが、Rwandaで起きていたルワンダ虐殺も民族戦争のようにニュースで伝わっていたが、水が足りないということから始まっていた。表面的に、宗教戦争や民族戦争となっているもの多くには、別の理由がひそんでいる。彼が言うには、資源が足りないところで、原子力が使えなくなる運動が広がっていくと、経済破綻にもつながって行く。経済的に日本が落ちると、今でもの完全に赤字国家になっているアメリカも引っ張られて落ちてしまう。そして、資源が足りないアメリカはカナダの資源を狙うことになるだろう。それだけではなく、その歪みは社会的にも国際的にも大きな影響を与える。多民族国家で暴動が始まった場合は、他の国よりも押さえつける方法をよくプラニングしないといけなくなる。そこで、ブッシュ時代から始まっているテロや犯罪で恐怖に人を脅かして支配する方法が役に立って行くだろう。
このジャーナリストは、ドルの暴落が新しいアナーキスト(無政府)・コミューニティーを作るためのきっかけになるだろう、と言う。そして、彼は南米のチリで、そのコミューニティーを始めるために引っ越して、その準備をしていると語っている。
日本にいると、アフリカで水が足りなくなって、何万人の人が殺しあって死んだ、と読んでもあまりピントこないはずだ。資源が足りなくなると、その歪みは経済的に豊かな国よりもまず第三世界に影響を与えてしまう。
人によっては、今度のドルの暴落は、ローマ帝国の崩壊のようになるだろうと予言する人もいる。
世の中にはいろいろな人がいる。それが面白い。その人の意見と同意しなくてもよい。いろいろな人を見ることによって、時代のいろいろな面が分かる。

Ayuo 大須賀かおり June 16, 2013

Ayuo 大須賀かおり June 16, 2013

今日は日曜日のKENでのコンサートの為のリハーサル
これはリハーサルが終わった時の写真。

曲順は次の通りです:
Occasional Dream (David Bowie)
Night and Day (Cole Porter)
Someone to Watch Over Me (George Gershwin)
How Long Has This Been Going On (George Gershwin)
He Loves and She Loves (George Gershwin)
Embraceable You (George Gershwin)
Swanee (George Gershwin)
—————–
ドビュッシー(Debussy):沈める寺
Ayuo: Nijinsky’s Love Poem to Diaghilev.
Stravinsky: Petrushka (excerpt)
Ayuo/ Maurice Ravel: Daybreak (ラヴェルのDaphnis et Chloeの第三幕のオーぺニング・メロディーに基づく歌の曲/ Ayuo:作詞とメロディーのアレンジ)
———–
The Way You Look Tonight (Jerome Kern)

皆さん。是非いらしてください!