Ian Burumaの本ー『The Missionary and the Libertine』

粟津ケンさんからIan Burumaの本が面白いと聞いて、一つ買ったら、あまりにも面白く、手に入る殆どの本を買い出した。Ian Buraumaの本、『The Missionary and the Libertine』の最初の章で、彼がオランダのアムステルダムで大学生だった70年代初頭に寺山修司の天井桟敷を見て、それが彼の人生を変えてしまう 事を書いている。
それまで、彼は大学で中国語を勉強していて、毛沢東思想に興味も持っていた左翼系の大学生だった。当時は、毛沢東やチェ・ゲヴァラを アイドルにする大学生や”インテリ”が欧米に多かった。彼によると、それはピュアな宗教観を探している若者にアピールが強かったからだった。また、毛沢東 の思想は西洋思想に基づくもので、西洋人には分かりやすく、エキゾティックなものではなかった。寺山修司の天井桟敷は、東西の様々な美術、文学、音楽から 影響を受けて、それを一つの独特のコラージュにしていた。むしろ、西洋の世界さえも寺山は西洋人にエキゾティックに見せる事が出来た。Ianはそれを見 て、彼の心の中で大きな革命を感じた。寺山の演劇のステージでは美しい女性の格好した男、自分の顔を持った人形に針を刺しながら話す腹話術師、蛇使いやフ リークスがいた。アヘンを吸うダンディーやDrag Queenや小人もいた。ステージにはデザインのように見えるカタカナや漢字やひらがなが壁中に書かれてあった。言葉は日本語だったので、オランダのお客 さんの殆どは分からなかったが、みんなが感動しているのが伝わった。それまでに、見たことのない世界だった。変わったロック・ミュージックや1930年代 頃のポップ・ソングのような音楽と共に日本語の言葉もサウンドに聴こえた。これは夢のサーカスだった。そして、Ianはそこに迷い込んだ子供になったよう な気分だった。東京がこんなところだったら、このサーカスの仲間に入りたい。寺山の世界は毛沢東の中国と違い、エキゾティックではあったが、我々と同じ ロック・ミュージックを聴いて、我々と同じ服装をしている人々がそこにいた。寺山の東洋と西洋の混ぜ方では、東洋も西洋もなかった。両方共にエキゾティッ クに見えた。また、寺山の世界はドグマを敵対する世界だった。Ianは中国語の勉強を止めて、毛沢東を捨て、日本に寺山修司を追いかけてくる。これがこの 本の始まりだ。

僕も寺山修司のような面白い人は、最近日本にあまりいない気がしている。彼の昔のレクチャーの音源をいくつか持っているが、彼の話しは面白い。ユーモアを 持っていて、アイロニーを使い、物事を上からも下からも見ながら、それについて語る。聴いていて、ハっと思う事が何回もあった。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/0571214142/ref=oh_details_o05_s00_i00?ie=UTF8&psc=1

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s