アイデンティティーがあいまいな人を狙った過激派の宗教団体

イスラム過激派とはどこから出てきたのだろうか? 伝統的なイスラム教とは全く別のものになっている。そして、どういった家庭環境で育つものが過激派のテロリストになるだろうか?ジャーナリスト、イアン・ブルマのいくつの本を読むと自分の家庭環境とも多くの共通点がある事が分かってくる。
ヨーロッパとアメリカにはたくさんの中東から来たイスラム教の人たちが住んでいる。その第一世代は仕事等の都合で行った人たちだが、アメリカやヨーロッパで育った第二世代は違う。アメリカやイギリスのポップスを聴いて、テレビを見て育った世代である。コーランを元の言葉で分かる事も出来なければ、アラブ語もちゃんと話せない。考え方や感覚は西洋人と同じであったりする。しかし、彼らはそう認められていない。イギリスでは’パキ’(パキスターニに対する差別的な言い方)と呼ばれ、同じイギリス人として扱われないケースが多い。もちろん、みんながそうではない。サルモン・ラッシュディーという20世紀のイギリス文学を代表する元パキスタン出身の家族で育った作家もいる。しかし、アイデンティティーがあいまいな人を狙ったウェッブサイトが存在している。そうしたサイトは英語で書かれていて、そこでヨーロッパで育ったが、うまく社会に溶け込めなかったイスラム系の家庭から来た人たちに向けた過激派のサイトがある。伝統的なイスラム教とは違い、レーニンの影響が入っているためによくジャーナリスト達はイスラム過激派の事をイスラムーレーニン主義とも呼んでいる。70年代の学生が憧れたチェ・ゲバラや毛沢東の要素が入っている。ライフルを持ってアメリカ帝国主義と闘うかっこいいテロリストのイメージだ。
今年の一月にフランスの雑誌にライフルを持ち込んで打ち出したテロリストもモロッコ系フランス人だった。2004年にオランダでヴァン・ゴッホというジャーナリストを打ったテロリストもモロッコ系オランダ人だった。オランダ人であるジャーナリストのイアン・ブルマは、そのテロリストの書いた文章や言っている事を見ると全くのオランダ人であって、アラブ人として考える事の出来る人でもない、伝統的なイスラム教は理解する事が出来ない人間だったと書いている。そのテロリストは、英語で書かれたイスラムの過激派集団のウェブサイトを読んで、自分のアイデンティティーがやっと理解出来た気になっていた。それはヨーロッパの人に向けて分かりやすく書かれているサイトだったからだ。そして、それが過激派に入るきっかけとなった。そこでは自分たちと似ている仲間を見つけ、気が付くとテロを起こすような人間に洗脳されていった。
イギリスで7・7の地下鉄のテロを起こしたパキスタン系イギリス人もイギリスの労働者階級と同じ育ちだった。アラブの言葉も文化もイギリス育ちの彼にはあまり分からなかったが、イギリス人ではなく’パキ’として育ってしまった。彼の父親や家族はもっと伝統的なイスラム教を彼に教えようとしたが、イギリス育ちの彼には理解する事が出来ず、家族と縁を切ってから、イギリスの地下鉄で自殺テロを行った。
フランスではよくヴォルテールの名前が出され、フランス革命の伝統が語られ、テロリストは『表現の自由』を無視していると語られるが、その影にはもっと深い問題がある。イアン・ブルマは、そう語る人々は元の意味と違う意味で語っていて、今ではナショナリストや人種主義者がイスラム教の人に使う表現になっている、と書く。ヨーロッパの雑誌ではイスラム教の人をヤギや動物に例えたり、差別表現も多い。そうした表現も許されるのがヨーロッパの伝統だと語り、そういうことが文化的に分からない移民には出て行ってもらおうという運動が始まっている。
イスラム国に人を誘い込むための宣伝のサイトもヴィジュアルに特にお金使われている。誰が影幕だろうか?
最近見たあるアメリカの共和党の政治家, ジョージ・ウォラスの演説を書いていた右寄りの作家, G. Edward Griffinは、多くのラテン・アメリカのアメリカ帝国主義に反対する政治集団のバックにはフォード財団の名前が見つかる事が多いとインタビューで語っていた。なぜ最もアメリカを反対する過激派にCIA等とつながりがある財団がお金を出しているかというと、それは一つに仲間にしてしまう事と、もう一つに世間に実はこの集団もアメリカがバックだったと見せる目的があると語っていた。昔、フォード財団は多くの芸術家にもお金を出していたが、ある時から過激派に出す事が多くなった。それは影の目的があるからだ。
今の政治は昔よりも複雑に動いている。簡単に右か左かと言えない時代になっているのだ。
また、移民も多く、様々な国で育った人たちの住む地球には新しい考え方が必要になる。私たちのようにアメリカで育ち、英語文化と日本人の先祖を持つ人たちにも昔のようなアイデンティティとは異なる新しい考え方と生き方が必要だ。その姿を音楽、言葉、絵やダンスで表現していくのが重要だ。

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