フォークというジャンルも民謡というジャンルも19世紀まで存在しなかった

最近、音楽を選曲してプレイリストをする仕事をしていた。最近では、一カ月、決まった料金を払うと一か月間聴き放題になるウエッブサイトがいくつも出来ている。 Appleもやっているが、僕が頼まれたのはKKBOXという音楽聴き放題アプリ。先月は30個のプレイリスト、今月は8個作った。それぞれのジャンルの説明を書いた。これはフォークについて書いた文章:
フォークという言い方は19世紀にフランスやドイツが民族国家になった時から使うようになった。実際は伝統的に残っている歌で、『眠る森の美女』のように貴族の生活が分からないと作れない内容も多くある。20世紀では左翼の民衆運動や社会運動と一緒になり、”民衆の歌”にされてしまった。アメリカのウディ・ガスリー、また、イギリスのマーチン・カーシーの両親は1930年代から社会運動にかかわっていた。戦後にフォーク・リバイバルが行ってからは、ロックに大きな影響を与え、フォーク・シーンも変わって行く。今ではテクノ・フォークなど様々なサブ・ジャンルがある。
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フォークというジャンルも民謡というジャンルも19世紀まで存在しなかった。それまでは、伝承的に伝わっている歌や舞曲だった。”民衆”というコンセプトも19世紀に今の意味を持つようになった。今、一般的に自分が”日本人”であったり、”ドイツ人”であったり、”中国人”である事が当たり前に見えているが、この考え方はフランス革命の頃に、世界に広がって行った。最近の考え方である。また、1980年代以後に”中華民族”というコンセプトが新たに出来たとウィキペディアで読んだ。”中華民族”とは漢民族だけではなく、チベット人、モンゴル人、朝鮮人も”中華民族”であり、中華人民共和国が祖国であるという考え方だ。”民主主義”という考え方も民族国家というコンセプトが定着した事によって、世界に広がっているアイデアである。(古代ギリシャもアメリカ革命当時も奴隷も持つ国家であった。)
多くの人が当たり前だと思っている考え方は、近代の政治によるもので、普遍的ではないと知るべきだと思う。また、半世紀もたつと、社会に影響力を持っている権力者も代わり、社会状況も政治状況も別のものになっている。
こういった状況をあまり見ていなく、半世紀前と同じスローガンを書いている”サヨク”と政治活動をしているつもりの人の文章を見ると、残念だという気持ちと現代の危険性を感じてしまう。
今年はいくつかトーク・ショーを企画しようと思っている。音楽を演奏するだけではなく、21世紀の文化、哲学について考え、今の時代について語りながら、新しい音楽とパフォーマンスを作って行きたいと思う。近い内に、こちらに情報を載せます。

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