哲学を語るデヴィッド・ボウイ

哲学を語るデヴィッド・ボウイ。2002年の『Heathen (異教徒、異邦人、未開人という意味)』を出した時のインタビュー。Heathen とは野蛮人という意味もあって、CDジャッケットの中にルネサンス時代の絵がナイフで破壊されている。これらの絵にはボウイが最も好きな絵が入っている。それは今の時代は過去のハイカルチヤー(学問、文学、美術、音楽)が破壊されている時代だという意味をボウイは込めている。また、CDの印刷された言葉にもナイフと同じように線が入っているのは、ボウイの好きな哲学者ジャック・デリダ(ポスト構造主義の代表とされている思想家)の考え方を表したかったからだと言われている。CDの中には3つの本が本棚に乗っている絵がある。アインシュタインの『相対性理論』、フロイドの『夢判断』、ニーチェの『悦ばしき知識』。これら3つの本を20世紀の考え方を代表する本としてボウイは説明する。20世紀前後に発表された、これらの本はそれまでの考え方を変えてしまった。ニーチェは神は死んだと語り、フロイドの無意識研究や精神分析は人間の内面の深い研究につながり、アインシュタインの研究は今までの人間が考えていた時間と空間の考え方をひっくり返してしまった。
ボウイは次にように説明する:”神は死んだ”という考え方が定着すると、”民衆”が”神”の立場になった。しかし、”民衆”が”神”になって、何をしただろうか?人間は原爆を作った。そして、1950年代、1960年代になって行くと社会は崩れ出した。はっきりとした意味や 目的意識を失い、新興宗教、オカルト等が流行り出す。しかし、これにはいい面もある。私たちは特別な目的も意味も持っていないという事に人間はたえられるほどの大人になっただろうか?そこまで人間は成長しただろうか?人間はどこかに向かっているわけでもなく、何も計画もなく、永遠の生命も死後にない。こうした事に『分かった』というほどの大人に人間はなっただろうか?私たちにはその一つ一つの瞬間しかなく、それを大切にしていかなければいけない、という生き方が出来るようになっただろうか?もしも、そういう事が出来たら、それは凄いことかもしれない。
私たちは過去の間違いから学べたら良いな、と思うけど、そうはならないかもしれない、とボウイは笑いながら語る。
21世紀は9/11のテロから始まっている。なんていう時代に新しい子供が生まれたのだろうか、とボウイは思っていた。20世紀の始まりがそれまでの過去をひっくり返すような時代だったとすると、21世紀も20世紀とは全く別の時代になるだろう。それは今の哲学者、スラヴォイ・シジェックやジョン・グレイを読んでいると予感が出来る。
ボウイはよくこうした曲を書いているのは『誰かが言わなければいけないからだ』とよく言っていた。
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