ローリー・アンダーソンの新作CD『Heart of a Dog (犬の心)』について

ローリー・アンダーソンの新作CD、ローリー・アンダーソン自身が監督した映画『Heart of a Dog (犬の心)』についてタワーレコードのマガジンINTOXICATE に書いた記事がフェイスブックのリンクから読めるようになりました。映画の予告編のリンクもあります。
このCDの音楽はピエール・アンリの電子音楽作品『チベット死者の書』を思い出す面もあった。映画は映像とアニメーションのコラージュ作品。映画の絵やアニメーションもアンダーソン自身が書いている。、こうした作品こそが“今の時代”に生きるという事を、最もよく表現されていると思った。彼女と彼女の夫、ルー・リードが二人で飼っていた犬との生活と、その死をきっかけに、死とはどういうものか、愛するとはどういう事か、今の時代で生きるとはどういう事かをテーマにしている。この作品を作る前後に、彼女の母が亡くなり、夫のルー・リードが亡くなった。エンディングはルー・リードの歌で、最後に幸せな感じが聴き手に伝わってくる。
こないだ、ある友人と話していたら、彼は5年前にローリー・アンダーソンが来日した時に車で名古屋に見に行ったが、お客さんが5人しかいなかったと語っていた。こんなに内容が素晴らしく、海外では満席になるのに、どうして日本ではそういうことになるのだろう?、という話になった。そこで、彼は日本では”音楽は楽しく”するもので、考えさせるものはみんな人が”難しい”か”暗い”と思ってしまうからだろうという話をした。学校でも上にいる人たちの教える事を記憶する事がほとんどで、”考える”という事をあまり学ばない。方法論が見えないと、すぐ口喧嘩になってしまうか、”分からない”と言って消えてしまう。インテリジェンスを持っている文化も少ない。現代アートや現代音楽をやっている大部分の人を見ても、海外で認められたようなインテリジェンスを持っていそうな、うわべの形を取っているものが多く、本当に考えさせるものは少なかったりする。よく日本の文化は何か?と聞くと海外のジャーナリストがSuperficial(うわべ)の文化と書かれている事がよく分かる。また、流行るものや売れるものを見ると、Superficial(うわべ)のものがやはり多い。むしろ、プラスティックでうわべの方が日本的に見られて、海外で売れたりする。
デヴィッド・ボウイやルー・リードは内容があるだけではなく、形や姿もカッコいいから、受け入れられる事が出来る。

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