デヴィッド・ボウイがステラークについて語っていた頃のヴィデオ

デヴィッド・ボウイは常に時代の新しい事に敏感だった。90年代に、僕の高校学校の美術の先生だったステラークの考え方に注目して、様々な雑誌にステラークについて語った。ステラークは、これから生命科学が発展して、人間は進化を待たなくても、自分で身体をデザインするようになると70年代から言っていた。ステラークは、これから人は3つ腕を付けたい人は、付けられるようになると語り、3つ腕の人間の設計図を発表した。彼はいつもいつか未来に手術をすると、今でも言っている。今、明らかに遺伝子を使った人体実験は、中国等で大きな発展をしている。こういことは良い事に使う事も出来れば、危険な事もあるだろう。ステラークもリンゼイ・ケンプも、僕が会っていた時代は、お客さん10人以下でもパフォーマンスをしていた。ボウイは、こうしたアーチストからも新しい事を学び、それを自分の作品で使えるようにしてきた。
こう書きながらもつい思うが、中学生と高校生の頃、いろいろな変わった人たちに学校にでも出会えていた。
この映像のリンクは、1995年頃のデヴィッド・ボウイがステラークについて語っていた頃のヴィデオ

デヴィッド・ボウイと演奏するスティーヴ・エルソンというニューヨークに住んでいるバリトン・サックス奏者

この曲はボウイの2013年のCD『The Next Day』の曲で、僕にとって特に目立った曲。スティーヴ・エルソンというニューヨークに住んでいるバリトン・サックス奏者の吹くフレーズの周りに曲のミックスが作られている。僕はスティーヴ・エルソンと昔一緒に仕事をした事がある。この曲を聴くと、ボウイはそのプレイヤーが自分でも知らずに目立って出来る特長を引き出せるプロデューサーだという一つの例になる。スティーヴ・エルソンはかつて、80年代のヒット『モダン・ラヴ』でバリトン・サックスのソロを吹いている。2010年代に、このCDの準備が始まった頃に、ニューヨークの街角でボウイとエルソンはばったり会って、ボウイは『連絡するよ』とエルソンに言った。その頃、エルソンからボウイと街角で会って、『「連絡する」と言っていたがみんなそういうことを言うからね』と言っていた。その一年後、電話がかかってスタジオに呼ばれた。この曲は”全てのグラム・ロック・スターの為に捧ぐ歌”と一緒にプロデュースしていたヴィスコンティは語るが、ボウイは、この曲に1950年代のストリップ劇場で鳴っていたようなダーティーなサックスの音が欲しかった。そこで、エルソンの事を思い出した。ボウイはスタジオで、ソロを吹くときは曲のキー(調性)も考えずに、アウトして吹いて欲しいと言った。また、曲を知っているように吹くのではなく、数テイクしか取らないから、一回しか出ないような味が欲しいとエルソンに伝えた。この曲の録音には、その狙い通りのキャラクターが出ている。
かつて、キーボード奏者のリック・ウエイクマンはボウイはそれまでに会った、最もプロフェショナルなミュージシャンで、その音楽家から何が欲しくて、どう引き出せるか分かって出来る人だ、と語っていた。
僕自身がスティーヴ・エルソンと一緒に仕事をした時は、1984年のMIDIで作ったソロCDの時で、まだ僕にあまりスタジオ経験がなかった。まだ、2枚目だったが一枚目はソロのアンビエントの作品だった。バンドで録音するのは初めてだった。スティーヴ・エルソンは母からの紹介だった。母と一緒にニューヨークでバンドをやっていた人だった。当時、矢野ミュージックという音楽出版会社で働いていたピーター・バラカンさんが窓口になり、500万円のお金を私たちの銀行口座に振り込み、自分たちでスタジオとミュージシャンを抑えた。エルソンはボウイとFameというヒット曲を共作したカルロス・アローマにも紹介してくれた。今聴くと2-3曲好きな曲はあるけど、レコーディングのプロデュースの仕方がまだちゃんと分かっていないまま作ってしまった音が、今の僕にはしてしまう。スティーヴ・エルソンの特長もボウイが生かしたように、まだ出来ていない。その2年後にイギリスで録音した僕の『Nova Carmina』の時には、もう少し学んでいた。そのCDではフェアー・コンヴェンションのスティーライドラマーのデイヴ・マタックスやスティーライ・スパンのフィドラーのピーター・ナイトやヴォーカリストのマディ・プライアの特長も出ている。その人たちのプロフィールにも、僕のこのCDの名前が入っているのを見た事があった。

哲学を語るデヴィッド・ボウイ

哲学を語るデヴィッド・ボウイ。2002年の『Heathen (異教徒、異邦人、未開人という意味)』を出した時のインタビュー。Heathen とは野蛮人という意味もあって、CDジャッケットの中にルネサンス時代の絵がナイフで破壊されている。これらの絵にはボウイが最も好きな絵が入っている。それは今の時代は過去のハイカルチヤー(学問、文学、美術、音楽)が破壊されている時代だという意味をボウイは込めている。また、CDの印刷された言葉にもナイフと同じように線が入っているのは、ボウイの好きな哲学者ジャック・デリダ(ポスト構造主義の代表とされている思想家)の考え方を表したかったからだと言われている。CDの中には3つの本が本棚に乗っている絵がある。アインシュタインの『相対性理論』、フロイドの『夢判断』、ニーチェの『悦ばしき知識』。これら3つの本を20世紀の考え方を代表する本としてボウイは説明する。20世紀前後に発表された、これらの本はそれまでの考え方を変えてしまった。ニーチェは神は死んだと語り、フロイドの無意識研究や精神分析は人間の内面の深い研究につながり、アインシュタインの研究は今までの人間が考えていた時間と空間の考え方をひっくり返してしまった。
ボウイは次にように説明する:”神は死んだ”という考え方が定着すると、”民衆”が”神”の立場になった。しかし、”民衆”が”神”になって、何をしただろうか?人間は原爆を作った。そして、1950年代、1960年代になって行くと社会は崩れ出した。はっきりとした意味や 目的意識を失い、新興宗教、オカルト等が流行り出す。しかし、これにはいい面もある。私たちは特別な目的も意味も持っていないという事に人間はたえられるほどの大人になっただろうか?そこまで人間は成長しただろうか?人間はどこかに向かっているわけでもなく、何も計画もなく、永遠の生命も死後にない。こうした事に『分かった』というほどの大人に人間はなっただろうか?私たちにはその一つ一つの瞬間しかなく、それを大切にしていかなければいけない、という生き方が出来るようになっただろうか?もしも、そういう事が出来たら、それは凄いことかもしれない。
私たちは過去の間違いから学べたら良いな、と思うけど、そうはならないかもしれない、とボウイは笑いながら語る。
21世紀は9/11のテロから始まっている。なんていう時代に新しい子供が生まれたのだろうか、とボウイは思っていた。20世紀の始まりがそれまでの過去をひっくり返すような時代だったとすると、21世紀も20世紀とは全く別の時代になるだろう。それは今の哲学者、スラヴォイ・シジェックやジョン・グレイを読んでいると予感が出来る。
ボウイはよくこうした曲を書いているのは『誰かが言わなければいけないからだ』とよく言っていた。

Intoxicateの為に書いたデヴィッド・ボウイの追悼記事がリンクから読めるようになりました。

僕がタワーレコードのマガジンIntoxicateの為に書いたデヴィッド・ボウイの追悼記事がフェイスブックのリンクから読めるようになりました。最新CDの映像のリンクもあります。この記事を書いた時、本当はもっとたくさん書きたい事があったのです。デヴィッド・ボウイは僕が知っている何人の人達とも仕事をしていました。また、ボウイの哲学的な考え方で好きな面がたくさんあるので、このフェイスブックの方で書いて行こうと思います。僕も音楽、文化、哲学、心理学について話すトークショーを今度企画しています。話し相手は音楽プロデューサーの宮田茂樹さんです。4月19日、渋谷のラストワルツでやります。ご興味の方は是非いらしてください。昨日、フェイスブックのイベントページを立ち上げました。