『ありがとうヤドランカ』からの演奏ーOphelia

これは2016年7月24日、『ありがとうヤドランカ』からの演奏。四谷三丁目のP3で演奏しています。一緒に演奏しているのはGenome(ジェノーム)というグループを一緒にやっている立岩潤三(Percussion)と瀬尾真喜子(Keyboards)。AyuoはBouzoukiとVocals。この『オフィーリア』という曲はAyuoのCD『絵の中の姿』に収録されている。『絵の中の姿』ではヤドランカとAyuoによって歌われています。今回の演奏では一人で両方のパートを歌っています。
また、来年にはこのイベントで演奏した曲をGenome(ジェノーム)のライブで演奏します。ジェノームの次のライブは来週の木曜日、渋谷の公園通りクラシックスです。
 
イベント・ページを是非見てみてください。
 
下記に、この曲『オフィーリア』からの解説から抜粋した文章をコピーします。
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カート・ヴォネガットの小説「ジェイルバード」のある場面にインスパイヤーされて書いた曲。
カート・ヴォネガットの小節は最初、僕が12歳の頃に継母のカレンに読むように言われた。14歳から15歳の頃、それまで出ていたほとんどの小説を読んだ。カート・ヴォネガットの描くテーマは一生自分の作品に残っている。ところで、彼の有名な小説の映画版『スローターハウス5』ではグレン・グールドのピアノ演奏が映画音楽に使われている。『マザー・ナイト』では作曲家、アルヴォ・ペルトの音楽が使われている。
カート・ヴォネガットはドイツ系アメリカ人で、第二次大戦争の時期をアメリカ兵として、ドイツで戦い、捕まり、捕虜になった。彼の小説に、この戦争体験が重要なテーマとして出てくるが、彼の書き方はとてもユーモラスで笑い出せる場面も多くある。
 
この場面では、主人公のアメリカ兵が1945年の夏に戦争が終わった事に大きな喜びを感じて、ある女性に語りかける『これからの新しい時代を見てごらんよ、世界はやっと今までの間違いに気付いたんだよ。一万年の狂気と欲望の時代がこの戦争裁判と共に終わるんだよ。本も書かれるだろうし、映画も作られる。これこそが歴史の中で最も重要な曲がり角かもしれない。』しかし、その女性はまるでオフィーリアのようなキャラクターだった。彼女は戦争での人間の行動を見てから、人間が良いものだと信じなくなった人だった。第二次大戦後には何万人もこうした女性が戦争の跡地を放浪していた。オフィーリアは次のように歌っている:
 
誰も私をさわらない
私も誰もさわらない
自由に飛んでいる鳥のように
とても美しい
私だけで
 
愛の言葉を語ったアメリカ兵に次のように答える:『私たちは宇宙の片隅にできた病気のようなもの。人間が子供を作り続けていくこと自体が間違っていると思っている私に、よく愛なんか語れるわね。まるで8歳の男の子みたいね。』
 
彼は答える:『時代の夜明けにぴったりの年齢さ。』
 
この小説が書かれた70年代にも、20世紀最後の左翼的な政治思想が生まれていた。でも人間は変わらなかった。第二次大戦を体験したヨーロッパの女性オフェーリアの考えは、社会思想や人間の新しい未来をだれかが語る時、僕がいつも思うことと重なっていた。この曲はそれを表現している。

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