Ayuoの翻訳したジャネット・ウインターソンの『カプリの王様』

僕の翻訳したジャネット・ウインターソンの書いた絵本はアマゾンを初め、絵本を扱う本屋さんで売られている。ジャネット・ウインターソンは僕の最も尊敬する文学者の一人である。ジャネット・ウインターソンは1959年生まれの英国の女性の小説家。1980年代に本屋さんで発見した以来、ウインターソンの書いた本は全て読んでいる。
この絵本は小学生以前の子供に読み上げるのに向いている。何度かそういう機会には、この本の英語を見ながら、その場で直訳して読み上げていた。その内、小学館にこの本の話しを持って行ったら出版してくれるのではないかと思って、自分の読み上げていた文書を書いて見た。そこから、僕の日本語を直して出版されたのが、この絵本。ジャネット・ウインターソンは、他にも絵本や小学生向けの小説等を出版しているが、彼女の小説がまず素晴らしい。現在生きている作家の中で最も大きな影響を受けた一人だ。
ジャネット・ウインターソンの文章にはカール・ユングの影響も入っている様に見えるが、他にも現代科学からの考え方から文化人類学者の古代人類の研究等、様々な影響が彼女の文章に見える。J.L.ボルヘス、ガブリエル ガルシア マルケス、イタロ カルヴィーノ、サルマン・ラシュディ、アンジェラ・カーター、等様々な20世紀の様々な作家と比べられることもあるが、ウインターソンは独自に芸術について深い考え方を持っている。それに基づいて、下記の文書を書いて見た。
(日本語がまだ直っていないところがありましたら、ごめんさい。また、下記の文書を見ると難しそうに見えるかもしれませんが、絵本は小学生以前の子供が理解出来るものですよ。)

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『芸術は複雑な感情を達成する。
複雑な感情は、よく人生に中の大きな出来事の後に感じる事が多い。
男性か女性になった時(成人する時)、恋に落ちる時、人が生まれる時、人が死ぬ時。
そして、それぞれに強くタブーとされる面がある。
複雑な感情は禁じられているものを軸にして回る。』- ジャネット・ウインターソン
(1959年生まれのイギリスの作家)

僕はジャネット・ウインターソンの作品を20代の頃から読み始め、最も僕が影響を受けた人の内の一人となったが、神話学者ジョーゼフ・キャンベルからも、僕は、大きな影響を受けていた。

神話学者ジョーゼフ・キャンベルは、世界の様々な神話、宗教、儀式、芸術を古代から研究して、それらについてたくさんの本を書いた。その独特な解釈と分析の仕方は多くの人々に影響を与えた。こうした本は、世界の文化の様々な違いと共通点の理解の仕方を人々に教えた。

生まれる時、
成人になる時、
結婚をする時、
亡くなる時、

には世界中に人生の重要な儀式がある。
そうした世界中の儀式についての考え方と違いについても、ジョーゼフ・キャンベルは書いて来た。

現在の世界の文化、そして古代の文化からのいろいろな考え方や残っている文章を調べて行くと、そこの中での自分の考え方というのが出来てくる。
それは自分の育った地域や家族や国や民族の伝統にあったものとは別に、一人の人間として客観的に感じている世界の見方が出来てくる事だと思う。

アート(芸術)は常に、こうした内容を多く語って来たと僕は思う。

この世に生まれて、生きていくというのはどういうことか?
男性性や女性性 とは何か?
恋に落ちるというのはどういうことか?
人が亡くなるというのは、どういうことなのか?

アート、宗教、科学はこうした事に答えを出してくれる。
そして、言葉にならないような気持ちも表してくれる。

私たちがアート(芸術)でやっている事は、こうした問題を、アートを通して理解しようとしている事だろう。
役目は常に宗教と同じであり、科学と似ている。
ただし、科学者はそれを証明しないと成り立たない。
芸術は感覚的に理解が出来る。
しかし、科学に対して芸術家はあこがれを持っている。
科学者が芸術家にあこがれを持つのと同じように。

これらは僕が思っている事。
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ジャネット・ウインターソンは次のように書いている。

芸術は現実逃避でも娯楽でもない。もちろんこういった物はたくさん存在するが、本物の本、本物の絵画、本物の音楽、本物の演劇はそうではない。

芸術は科学や宗教と同じく構成されているもの。世界と同じように構成されている。私とあなたとおなじように人工的であって、自然でもある。それがなく生きる事は出来なく、それと共に生きる事も出来ない。

詩人は科学者よりも深く人間の中に入り込んでゆく。
詩人は自分の網で困難なものを拾い上げて、現在に持って来る。
そうすることによって、読者は自分の気付かなかった深い面を認識する事が出来る。
読者は自分の中で何年もそのささやきが聞こえていた声をはっきりと聞き取る事が出来る。
時によって、その声は生まれた時からあったようにも感じたりする。
それは、場合によっては嘘かもしれない。
そうすると、読者は自分の恐れるものを確認する。
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芸術はプライベートな悪夢でも、プライベートな夢でもない。
芸術は現在という渦巻きの中で過去と未来の可能性を見つける人間共通のつながりを作る。

芸術の美しさは脅迫するもの。
そして現実化出来ていない人生の、はっきりしていなかった面に慰めを与える。

(ジャネット・ウインターソンの言葉の翻訳と解釈:Ayuo)

 

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Ian Burumaの本ー『The Missionary and the Libertine』

粟津ケンさんからIan Burumaの本が面白いと聞いて、一つ買ったら、あまりにも面白く、手に入る殆どの本を買い出した。Ian Buraumaの本、『The Missionary and the Libertine』の最初の章で、彼がオランダのアムステルダムで大学生だった70年代初頭に寺山修司の天井桟敷を見て、それが彼の人生を変えてしまう 事を書いている。
それまで、彼は大学で中国語を勉強していて、毛沢東思想に興味も持っていた左翼系の大学生だった。当時は、毛沢東やチェ・ゲヴァラを アイドルにする大学生や”インテリ”が欧米に多かった。彼によると、それはピュアな宗教観を探している若者にアピールが強かったからだった。また、毛沢東 の思想は西洋思想に基づくもので、西洋人には分かりやすく、エキゾティックなものではなかった。寺山修司の天井桟敷は、東西の様々な美術、文学、音楽から 影響を受けて、それを一つの独特のコラージュにしていた。むしろ、西洋の世界さえも寺山は西洋人にエキゾティックに見せる事が出来た。Ianはそれを見 て、彼の心の中で大きな革命を感じた。寺山の演劇のステージでは美しい女性の格好した男、自分の顔を持った人形に針を刺しながら話す腹話術師、蛇使いやフ リークスがいた。アヘンを吸うダンディーやDrag Queenや小人もいた。ステージにはデザインのように見えるカタカナや漢字やひらがなが壁中に書かれてあった。言葉は日本語だったので、オランダのお客 さんの殆どは分からなかったが、みんなが感動しているのが伝わった。それまでに、見たことのない世界だった。変わったロック・ミュージックや1930年代 頃のポップ・ソングのような音楽と共に日本語の言葉もサウンドに聴こえた。これは夢のサーカスだった。そして、Ianはそこに迷い込んだ子供になったよう な気分だった。東京がこんなところだったら、このサーカスの仲間に入りたい。寺山の世界は毛沢東の中国と違い、エキゾティックではあったが、我々と同じ ロック・ミュージックを聴いて、我々と同じ服装をしている人々がそこにいた。寺山の東洋と西洋の混ぜ方では、東洋も西洋もなかった。両方共にエキゾティッ クに見えた。また、寺山の世界はドグマを敵対する世界だった。Ianは中国語の勉強を止めて、毛沢東を捨て、日本に寺山修司を追いかけてくる。これがこの 本の始まりだ。

僕も寺山修司のような面白い人は、最近日本にあまりいない気がしている。彼の昔のレクチャーの音源をいくつか持っているが、彼の話しは面白い。ユーモアを 持っていて、アイロニーを使い、物事を上からも下からも見ながら、それについて語る。聴いていて、ハっと思う事が何回もあった。

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Steeleye Spanの『Horkstow Grange』

イギリス、アイルランド、スコットランドとウエールズはそれぞれ独特の民謡を持っている。もっと細かく見ると、一つ一つの町には、サクソン人、アイルランド系のケルト人、ウエールズ系のケルト、ヴァイキング等、一つずつに独自の話し方やリズムがある。イギリス民謡の歌手、マディ・プライヤーには、”最もイギリスらしい声”をしているという評判がある。彼女は一時的にイギリス民謡を演奏するバンド、Steeleye Span を脱退した時、自分の代わりにアイルランドの歌手で1969年に一時的にSteeleye Span にも参加していたが、アイルランドの外ではあまり成功した事がなかったGay Woodsに頼んだ。そして、Gay Woodsと共にSteeleye Spanは3枚のアルバムの録音した。この3枚、特に真中の『Horkstow Grange』が素晴らしい!この頃のSteeleye Spanは本当にユニークなサウンドを作ったと思った。アコースティックでありながら、心から来るパワーを感じさせる。Bonny Irish Boy等の歌い方は深く、言葉一つ一つが心にしみこんでいく。ギターやフィドルのアプローチも、このアルバムではアコースティックの中にディストーションをキャンバスに描く水彩のように使っている。このアルバムでは数曲Dave Mattacksがドラムを叩いているが、Gay Woodsがバウロン’アイルランドのフレームドラム)を叩いている曲がすごい。
しかし、このアルバムのレビューを見ると、何故か、つまらない理由で批判されているものが多かった。アイルランド民謡をこのようにアレンジするのは間違っているとか、イギリス民謡のGay Woodsの歌い方が違う等と書いてあって、びっくりした。また、Gay Woodsは自国のアイルランドではトップ20に入るヒットを出していても、それはイギリスに伝わっていなかった。Gay Woodsのこの頃の歌い方は、他の人に例えると(例える事は進めないが)Sinead O’Connorと近いような感じが僕にはした。
詩や音楽は聴いていて面白ければ良いので、そこになぜ”民族性”を人は持って来るのだろう。面白い事をするためには色々な実験が必要だ。何もアイルランド民謡は、このように演奏しなければいけなく、イギリス民謡はこのように歌わなければいけないという理由はない。『Horkstow Grange』はSteeleye Spanの数多いアルバムの中でもトップのアルバムで、やっているメンバーも満足しているはずだ。
Maddy Prior,Dave Mattacks,そしてヴィオリンのPeter Knightは僕の1986年に録音した『Nova Carmina』(Midi)というソロ・アルバムで一緒に仕事をした。彼らの音楽の演奏に対するプロフェショナルな態度に僕は感動した。『Nova Carmina』は、80年代に取った僕の作品の内では、一番好きなのは、彼らのおかげだ。
この頃に、久しぶりにMaddy Priorと会った。『東京の夏』という当時のクラシックとワールド・ミュージックのフェスティバルに出演するためにルネッサンス・バロック音楽を演奏するアンサンブルと共に来日していた。その時はJohn DowlandからHenry Purcell、そしてその時代のあまり知られていない曲をたくさん演奏したり、歌っていた。プログラムには”イギリス民謡の女王”と書いてあった。

Maddy Priorの歌は、この時も素晴らしかった。”ワールド・ミュージック”というカテゴリーでは、アフリカ人はアフリカの音楽を演奏して、イギリス人はイギリスの音楽を演奏するのだが、John DowlandやHenry Purcellはイギリス人の血が入っていなければ間違っているという人は今の世の中ではあまりいないだろう。自分の心に響くものを、民族性とは関係なく、自分の経験を使いながら語るのが、一番それを聴く人々に伝わるはずだ。
僕のCD『Nova Carmina』では、ここでヴィオリンを弾くPeter Knightに『目と目』という筝と歌の為に作った僕の曲を演奏してもらった。一緒に食事をしている時に、彼はRoyal Academy of Musicでヴィオリンを学んでいる時からアイルランドのフィドルの音楽が好きになり、アイルランド人ではない彼が、どうアプローチしたら良いか悩んだ時期もあったが、やっている内に自分のスタイルが見つかったと語っていた。『目と目』という僕の曲の演奏でも、彼ならではの独特な音を出している。

『フロイトの死』,そしてシルヴィア・プラス

全ての女はファシストを求めている
ブーツで顔をけとばす、ケダモノ
野獣のような君の、ケダモノの心

ー シルヴィア・プラス (Ayuo翻訳)

Every woman adores a Fascist,
The boot in the face, the brute
Brute heart of a brute like you.

– Sylvia Plath

僕の1984年にMIDIの為にレコーディングしたアルバム『Silent Film』はアメリカの女流詩人シルヴィア・プラスのジャーナルを読んで、インスピレーションを受けたものから作り出して行った物だった。あれから、30年位経つと、言葉のコンセプトのみに、今の自分と共通点がある気がする。最近、誰かがアップロードしていたこのアルバムの曲を聴くと、まだまだ未熟のアーチストのものだと感じてしまった。今の自分の共通のものがあって聴けるものは3曲位だった。そして、その3曲は詩の語りの延長からSound Poetryにした曲だった。

今回、書きたいのは、この昔の僕のアルバムのことではなく、シルヴィア・プラスの上記の言葉が引用されている『フロイトの死』という本についてだ。Mark Edmundsonの本で英語のタイトルが、『The Death of Sigmund Freud』.この本はヒットラーとフロイト、そしてナチス時代にフロイトが何を考えて、どう生きていたが書かれている。伝記の本だが、歴史小説のように、うまく書かれている。

20世紀の初め頃のウィーンで、ヒットラーは画家、そして建築家としての職業を探している人だった。彼は野菜食で、ストイックな生活を守って生きていた。いつか、スラム街に労働者のためにビルを立てて、みんなの生活をよくしたいと考えていたヒューマニストだった。彼はある女性に恋をしていたが、それを言える勇気がなかった。いつか成功してから王子さまとしてプリンセスを迎えに行く夢を見ていた。彼はオペラが好きなロマンチストだった。反ユダヤ思想を唱えるオカルト新聞にも影響を受けてしまった。孤独の生活を送っていて、変わり者と人に見られていた。未来に、人前で演説をすると大きなカリスマを出す力がある事を発見する。それが彼の人生を変える事になる。

一方、フロイトは全ての人間は内心ビョーキ、(”We’re all sick”)と言っていた。今の精神科という職業はフロイトや彼の弟子、カール・ユングが医学として認められるのに努力して作ったものだった。彼の仕事場では、あらゆる精神的な問題や欲望を一日中聞いていた。
『妹の夫に恋をしている』、『兄弟を殺したい』フロイトは話しを聞いてあげて、それを客観的に見る事が出来るようにするのが、その人を自由にさせる事だと信じていた。どんなに立派に見える人でも、犯罪者の心は存在している。怒り、嫉妬、妬み、から始まり、殺人、強姦、盗難や暴力の想像したりする。私達みんなの中に犯罪者が存在する。そして、それを抑圧すると、勢いで爆発してしまう。魔女狩りがそうだったように。お互いの中に犯罪者の心があると、みんながお互いに認め合う事によって、その爆発をやわらぐ事が出来るだろう。フロイトは、人間を直す事は出来ない(no cure )と思っていたが、人間の内心と直面して、それを理解する事がまず大事だと考えていた。
フロイトはナチスが一般のドイツ人をどうやってハッピーに出来たかを理解していた。『民衆が立ち上がって、世界を変える』等の幻想を描いているロマンチストは、その理想を実現しようとするほど自由を抑圧する独裁者になってしまう。

しかし、私達の中のどこかに、その”自由”の夢はひそんでいるかもしれない。僕にとって、それに近いものは、ウッドストック・ジェネレーションの夢だったと思う。しかし、『ウッドストック』という曲を作詞作曲したジョニ・ミッチェルは、客観的にその時代を見ている人だった。ウッドストックは、人々にニューエイジ・ヒッピーの理想を思想的に与えたように見えていた。しかし、この間、先月発表されてインタビューを見ると、『主観的に見ると大変に見えている物事でも、客観的に見ると結構笑える事がたくさんある』と笑いながら語っていた。そして、『artはartificialから来ている。自分が経験したものでも、それを歌う時は、そのパートを演技をするものだ』と語っていた。

フロイトはユダヤ人で、差別を受けながら、自分の精神分析の方法論を化学として認めさせるように精一杯努力していた。フロイトはナチスを予言するような文書を出版していた。ヒットラーもフロイトを読んだのではないかと疑われるほどだった。

Freud indicates: we are all fascists, we are all fundamentalists, at least potentially.Statesmen did not understand the joy that fascism offers people. They have never felt so good before and they will not readily give that feeling up. It is only constant critical labor that keeps the worst political and religious possibilities from becoming fact.To Freud, the self-aware person is continually in the process of deconstructing various god replacements and returning once again to a more skeptical and ironic middle ground.
宗教から逃れたと思った20世紀の人々は共産主義やファシズムに宗教と同じ夢を見た。イギリスの哲学者、ジョン・グレイは、アメリカ経済を中心としたグローバリズムも、共産主義と同じ宗教のヴァリエーションだと書いていた。

John Grey (from “The Silence of Animals”: There can be no doubt that the suffering inflicted on Jews was an integral part of the happiness the Nazis succeeded in manufacturing in the rest of the population…Many Germans were happy under Nazism.

この間、選挙の前に、何人もの人が、今の時代はナチス時代を思い起こす、と書いていた。その時に、シルビア・プラスの詩を思い出した。

シルビア・プラスは神話を使いながら、詩を書いていた。古代の王様は、剣を持って戦う人でありながら、最終的には、責任を持って生贄にされる神となる人だった。
ナチズムや軍国主義が終わると、その国の人々は、私達”民衆”はファシスト達に騙されていたのだ言う。そして、言い訳を重ねながら、前の”王様”を生贄して、民衆は本当は良いと言い聞かせようとする。『私は殺人者で、おまえもそうだ』と中々言わない。

シルビア・プラスの上記の詩は、『Silent Film』では使っていないが、シルビア・プラスの日記を朗読している曲が入っている。また、上記に詩は、アンビエント風のパフォーマンスにシルビア・プラス自身の朗読のテープを使いながら、演奏したことがあった。シルビア・プラスは、この詩をまるで子守唄のようにソフトに語っていた。それを聴く日本人のお客さんはヒーリング・ミュージックだと感じたに違いない。

最近は、フロイトとユング、そしてユングの弟子達、M.Esther Harding、Barbara Hannah, Erich Neumann, Marie-Louise Von Franz, Robert A. Johnsonの本を読んでいます。フロイトとユングは一般的に思われているよりも多くの共通点があった。一般的にフロイトは科学的でユングは神秘的だと思われているが、人間は誰でも一生考え続けている。ユングは科学的に認めれる事の出来ないトピックについて弟子達が書く事は止めて欲しいと常に言い続けていた。精神分析や神話の分析を化学的に行なわなければ、学会にも認められないものになり、カルトになってしまう、と忠告していた。フロイトの最後の本は、モーゼとユダヤ神話についてだった。そこで書かれているものには、ユングとの共通点がもう少し見えてきた。

フロイトとユングは様々な人々が使えるツールを作った。ユングを勉強した多くの弟子達は、それぞれが同じものを見ても全く別々の見方をしたりする。それが面白かったりする。ユング自身は、また、星占いは非科学的と見ていたが、最近の星占いの人たちの中では、ユングの分析方をツールとして使っている星占いの人たちもいる。
最近、フロイト、ユングとその弟子達の本を読んでいるのは、近い内にそれを使ってミュージカルを言葉と動きのイメージから書きたいと思ってるからです。この最近、自分の歌声はミュージカルのような発声になってしまった。また、PA等を使わない方がより聞かせるものを作れるようになってきた。最近、演奏している『My Favorite Things』、Wish Upon A Star』』やラヴェルのバレエ曲『ダフニスとクロエ』のメロディーに基づく『Shadows and Dancing Light』はその準備として見ている。