Show me a sane man and I will cure him for you

Quotations I Like/好きな言葉

“Show me a sane man and I will cure him for you.”ー Carl Jung

『私は正常』だと思っている人を紹介してくれたら、僕は彼を”直して”あげよう。ー カール・ユング (スイスの精神科医・心理学者。深層心理について研究し、分析心理学(通称・ユング心理学)を創始した。)

(正常な人は世の中にいない。その人の住む社会的な環境が何が正常かを決めている。このようにカール・ユングの文章でよく説明していた。)

13世紀のペルシャの神秘思想家・詩人ルーミーの言葉と20世紀の精神科医・心理学者のカール・ユングには共通の考えがいつかも見える

13世紀のペルシャの神秘思想家・詩人ルーミーの言葉と20世紀の精神科医・心理学者のカール・ユングには共通の考えがいつかも見える。
それらの言葉を下記に皆さんに翻訳して見ました。

昨日書いたフロイトの言葉の説明にも共通の考えが見られる。
ご興味を持った方は昨日のfacebookで探して見てください。
ただし、言葉の最後まで読まないと分からないかもしれない。

まずはルーミー (日本語はすぐその下にあります。)
From “What hurts the soul?” by Rumi
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We tremble, thinking we’re about to dissolve
into non-existence, but non-existence fears
even more that it might be given human form!

What hurts the soul?
To live without tasting
the waters of its own essence.

Use night to wake your clarity.
Darkness and the living waters are lovers.
Let them stay up together.

私たちは亡くなる事を恐れている
しかし、存在のないものにとっては、
人間の形にされる事の方がもっと怖いと感じている

何が心を痛めつけるか?
自分の水の本質を味わずに生きていく事だ

夜の暗闇を使って目を覚まそう
生命を持つ水と暗闇は恋人同士
一緒に起きていよう

(テキストの抜粋と翻訳:Ayuo)
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“One does not become enlightened by imagining figures of light, but by making the darkness conscious. The latter procedure, however, is disagreeable and therefore not popular.”― C.G. Jung

光り輝くものをイメージする事では悟れない。
暗闇にあるものを意識に持ってくる事のみで悟れる。
しかし、後者の方が大変なので、あまり好まれる方法ではない。

“No tree, it is said, can grow to heaven unless its roots reach down to hell.”
― C.G. Jung

天国まで伸びていける木は、地獄にその根っこがある。

“Only what is really oneself has the power to heal.”
― C.G. Jung

本当に自分自身であるものだけが癒す力をもっている。
(他のものは気休めにしかならない。)

(テキストの抜粋と翻訳:Ayuo)
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ルーミーについては次のページがウィキペディアにあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャラール・ウッディーン・ルーミー

20世紀の振付師ベジャールはルーミーをテーマにしたコンテンポラリー・ダンス作品を作っている。

ルーミーの思想の一つとして、旋回舞踏によって「神の中への消滅」という死に似た状態に陥る神秘体験の実行が挙げられる。1273年のルーミーの没後、コンヤの墓廟を拠点としてかれの弟子によってコマのように回って踊るサマーウ(セマ)という儀式で有名なメヴレヴィー教団が形成された。メヴレヴィー教団では同教団の始祖と仰がれている。主な著書はペルシャ語の詩集『精神的マスナヴィー』

http://ja.wikipedia.org/wiki/ジャラール・ウッディーン・ルーミー

“I” and “Not I” composed by Ayuo

“I” and “Not I” 作曲:Ayuo (Full English translation is on the youtube link.)
この曲では、僕はエレクトリック・ヴァイオリンを弾いている。9月のOUTSIDE SOCIETYからの演奏。ジャーナリスト、ドナルド・リチーさんの日記、そしてカール・ユングの考えからインスピレーションを受けて作った曲。
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ある時、小さな南部の街からニューヨークに来た若者と話していた。彼にニューヨークの生活はどう?と聞いた。彼の言った『故郷ではみんなが僕のことを知っている。おまわりさんもバスの車掌.も、みんな僕に挨拶をして、僕が誰かを分かっている。ここでは誰も僕のことを知らない。自分のアイデンティティーを失ったようだ。』 彼は自分の以前から知っているコミュー二ティーな中での自分の姿だけが自分のアイデンティティーだと思っているのが見え見えだった。彼はまだ”Not I” (自分の見えない自分)と”I”(自分)についての違いが分かっていなかった。だから、自分の知っている社会以外のところでは、自分のアイデンティティーが失ったようだった。
私たちはみんな自分たちの小さな世界に閉じこもって生きていかなければいけないのか?周りの世界に無意識のまま、生きて死んでいくのだろうか?『これが私だ!』と言わないといけないのか?私はこうした考えに賛成出来ない。カール・ユングも賛成していなかった。

—————-心理学者カール・ユングの考え方を紹介するM. エスター・ハディングのエッセイよりの抜粋
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Ayuoのドナルド・リチーの日記に基づく『OUTSIDE SOCIETY』からの歌ー『FREEDOM FROM BELONGING TO A NATION』

生まれつきの文化圏を離れたことがない者は、
ずっとそこに縛られている、
そうとは気付かないままに。
その人に自分の文化について訊くなんて、
魚に水が何かと訊くようなもの。
何と答えられる?

ここに来て、
または、他所に行って、
一旦、あなたの眼が開かれてしまったら、
二度とその眼は閉じられない

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Ayuo: エレクトリック・ヴァイオリン
Christopher Yohmei Blasdell: 尺八
Kondo Tatsuo: キーボード

9月25日2014年、渋谷Last Waltzでのライブ演奏

There’s a lot we don’t know about ourselves

There’s a lot we don’t know about ourselves. Likewise, there’s a lot we may not know about everyone else. Jung used the word ‘psyche’ to refer to both the conscious and the unconscious…The word ‘persona’ (also from Jung) has an interesting root. It comes from the Latin word meaning “mask”. This, however, is not derogatory. It’s necessary. Each of us has a persona. We need it for survival. It’s the face we put on for public use, and it can be intentional or unconscious..The only danger is when people become their personae. The means something has been shut off somewhere along the line, and these people will end up hiding behind the false personality that works professionally.
The relatively small hours I’ve spent reading Jung have been more than worth it. Start with his autobiography, “Memories, Dreams, Reflections”, and you will be in for a fascinating time while simultaneously fine-tuning your intuition and instincts. – from “Read Carl Jung”

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“Life has always seemed to me like a plant that lives on its rhizome. Its true life is invisible, hidden in the rhizome. The part that appears above ground lasts only a single summer. Then it withers away—an ephemeral apparition. When we think of the unending growth and decay of life and civilizations, we cannot escape the impression of absolute nullity. Yet I have never lost a sense of something that lives and endures underneath the eternal flux. What we see is the blossom, which passes. The rhizome remains.”

C.G. Jung, Memories, Dreams, Reflections

Image may contain: plant, flower and one or more people

カール・ユング の夢日記  台本, 作詞  by Ayuo (カール・ユング の考えに基づく)

今度の12月8日の新世界の『夢日記 Vol 2』のライブで演じるカール・ユングの夢日記』のテキストです。

会場:音楽実験室・新世界の12月8日の情報ページ。
http://shinsekai9.jp/2015/12/08/yumenikki2/————テキスト——————

カール・ユング の夢日記  台本, 作詞  by Ayuo (カール・ユング の考えに基づく)

世の中に悪がある理由は人々が自分の物語を語れないからだ。
昼間の世界で忘れていた神話は夜の夢として語られる。ー カール・ユング

これはユングが昼間のイマジネーションで見ていた夢の記録からの物語
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PART ONE
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パート・ワン
ユングは自分の心に存在している魂をアニマと名付けた。
アニマとの対話。
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SONG
where are you my child  作詞:Ayuo Carl Jung の考えに基づく

where are you my child
In my dreams
God is my child
And my child is my God.

神は子供なの?
乙女なの?
私の前にあらわれる子供よ。
いつも夢では
あなたは私の子供

私の中の神よ
いつも夢では
あなたは私の子供

A maiden is the future
The boy makes the path

In my dreams
God is my child
And my child is my God.
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私の魂よ、どこにいるのだ?私の声が聞こえるか? 私だ。あなたに呼びかけているのだ。そこにいるのか? 私はもどってきた。

“My soul, where are you? Do you hear me? I speak, I call
you-are you there? I have returned, I am here again. I have
shaken the dust of all the lands from my feet, and I have come
to you, I am with you. After long years of long wandering, I
have come to you again. Should I tell you everything I have
seen, experienced, and drunk in? Or do you not want to hear
about all the noise of life and the world? But one thing you
must know: the one thing I have learned is that one must live
this life.

This life is the way, the long sought-after way to the unfatholnable, which we call divine.
There is no other way,
all other ways are false paths.
I found the right way, it led me to you, to my soul.
I return, tempered and purified.

Do you still know me?
How long the separation lasted!
Everything has become so different.

And how did I find you? How strange my journey
was! What words should I use to tell you on what twisted paths
a good star has guided me to you?

Give me your hand, my almost forgotten soul.
How warm the joy at seeing you again, you long disavowed soul.
Life has led me back to you.
Let us thank the life I have lived for all the happy and all the sad hours, for every joy, for every sadness.
My soul, my journey should continue with you.

I will wander with you and ascend to my solitude.”
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(私は怪物                 作詞:Ayuo Carl Jung の考えに基づく
Ayuo: Bouzouki
Yoko Ueno: Vocals
with other instruments)

行く道ははっきりとしてない
砂漠はからっぽに見える
魔術を使う者が住んでいる
彼らは私にくっつき
私を曲げた形にする

私は怪物
私が私に見えない
動物のような怪物

行く道は魔術にあふれている
見えない罠が私の前に
たくさん隠されてる

アニマはアニマの世界を
持っている
そこに入れるのは
自分だけ

私は自分の思考となった
そこからも離れようとすると
砂漠になっていた
私の心の砂漠
そこで太陽が燃えている
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私の魂は、私を砂漠へと、私自身の自己の砂漠へと導く。自分の自己が砂漠だとは思ってもみなかった。
なぜ私の自己が砂漠なのだろう?
私は自分の思考であった。けkれども、私は自分の自己ではなく、自分の考えと対決していた。
私は自分の考えも超えて、自分自身の自己にならなければならない。
私の旅はそれを目標として、人間や物事から離れて、孤独に至るのだ。孤独とは自己が砂漠の時だけだろう。
私の魂よ。私はここで何をすべきなのか?

My soul leads me into the desert, into the desert
of my own self I did not think that my soul is a desert, a barren,
hot desert, dusty and without drink.

Why is myself a desert?
Have I lived too much outside of myself in men and events?
Why did I avoid my self?
Was I not dear to myself?
But I have avoided the place of my soul.
I was my thoughts after I was no longer events and other men.
My journey goes above my thoughts to my own self,
and that is why it leads me into solitude.
Solitude is true only when the self is a desert.

The way is only apparently clear,
the desert is only apparently empty.
It seems inhabited by magical beings
who murderously attach themselves to me
and demonically change my form.

I have evidently taken on a completely monstrous form
in which I can no longer recognize myself
It seems to me that I have become a monstrous animal form
for which I have exchanged my humanity.

This way is surrounded by hellish magic,
invisible nooses have been thrown
over me to ensnare me.

And so I have become my thoughts
And when I tried to escape from my thoughts
I became the desert
the desert in my heart

Should I also make a garden out of the desert?
Should I people a desolate land?
Should I open the airy magic garden of the wilderness?

But my soul spoke to me and said, “Wait.”
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無意識にあるものを意識するようにしなければそうしたものがあなたの人生を支配してしまう。
そして、あなたはそれが運命だと思ってしまう
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人は自分の中にいる魂達に会いたくない
会わないためにどんな事でもする。
無意識にある世界を意識を向く事はいたみなしでできない。

自分自身の暗闇が理解できれば、人の暗闇についても理解できる。
自分を自分で受け入れるほど自分にとってコワイものはない。
ーーーカール・ユング
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PART TWO
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パート・ツー
夢の世界でのサロメとエリアとの出会い。

パート・ツー 夢の世界でのサロメとエリアとの出会い。

Voice B: サロメは聖書に登場する女性。イエス・キリストと同じ時代に生きていた。サロメは義理の父に『宴会で踊ったらなんでも好きなものをあげよう』と言われた。サロメの義理の父はパレスチナの領主ヘロデ・アンティパスだった。踊った後に、サロメは「予言者ヨハネの首」を求めて、ヘロデは仕方なくそれを与えた。この物語は現在オーブリー・ビアズリーの絵、オスカー・ワイルド戯曲『サロメ』やリヒャルト・シュトラウスのオペラで知られている。エリアは旧約聖書に登場する予言者。エリアはユダヤ教ではモーセ以後の最大の預言者でイエス・キリストが生きていた1世紀当時、エリヤがメシアとして再来するという伝承があった事から予言者ヨハネもイエス・キリストも、一部からはエリヤの再来とみなされていた。

Voice B: エリアとサロメが住んでいる場所は暗い空間でありながら同時に明るい空間でもある。

Voice A: 暗い空間だと感じている人は、物事を常に先に考えている人だ。暗いと感じているから常に見たい、見たいと思っている。
物事を常に考えながら生きている人はサロメを恐れている。サロメはその人の頭を欲しがるからだ。

先に考える人というのは遠い彼方が見えている人というわけではなく、過去と未来の間から物事を考えて見ている人の事を言っている。

Voice B: 明るい庭だと感じている人は見ることを必要としない。そういう人たちは無限を感じている。

明るい庭は快楽の空間である。そこに住む者は、見ることを必要としない。そこに住む者は無限が感じられる。思考する者はサロメの庭で次に行く道を見出す。

Voice A: 庭にいる時、私はサロメを愛している事に気づいた。これには自分でも驚いた。それまで、思いもしないことだったからだ。エリアは私に言った『彼女の愛に触れてみて!それによって愛の事が分かってくる。人を神聖な存在に思う事が、あなたも神聖にしていく。そのイメージは自分で作っているから、自分に反映される。』

恋をする時、その相手のイメージはすでに自分が持っているものだ。それを相手に投影して行く。自分は物事を考えて生きている人だと、自分で思っている人は感覚的に生きている人を求めるのは、そうした自分の感覚的な部分を投影出来る相手だからだ。

Voice B: 無意識にあるものを意識するようにしなければそうしたものがあなたの人生を支配してしまう。
そして、あなたはそれが運命だと思ってしまう。

Voice A: 物事を考えながら生きている人にとっては、自分が考えられないものは存在しないと思うことが多い。そして感じる事の方が大事だと思っている人にとっては、自分の感覚で感じないものは存在しないと思いがちだ。しかし、自分の正反対の性格を受けいると初めて両方の見方が分かってくる。

Voice B: 恋をしている人は満ち溢れ出てくる器のような状態になっている。そして、愛を与えられるのを待っている。

Voice A: 恋 をできるひとはいいな!
恋をしている時の人には創作力がある
自分の世界を創って
それを広げられる

Voice B: エリアは言った、「言葉は動物。自分の意思を持っている。人は自分で物事を考えていると思ってしまうが、人が思考するものは原型として常に私達の周りにある。」。
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言葉は動物 作詞:Ayuo Carl Jung の考えに基づく

言葉は動物
生きている
言葉は自分の意思を持っている
あなたのものでなく
その意味も完全に分からない

言葉は生きてる
あなたの中で
考えが浮かぶたびに
そだつ
言葉は森の動物

思考の中に
たくさんの動物を
住ませている

その存在に気が付かず者は
その動物となってしまう

言葉は動物
生きている
あなたの中の動物
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Voice A: 私は、快楽へと降りていくが、愛へと昇っていく。愛に向かって上昇するまでに、ある条件が満たされるのを持つ。それは二匹の蛇の戦いとして示される。左は昼で、右は夜である。愛の領域は明るく、先を考える事の領域は暗い。両方の原理は厳格に区別され、その上敵対さえしているため、蛇の姿をとっている。蛇の姿は両方の原理にあるデーモンの性質を示している。私は、この戦いは前にも見た太陽と黒い蛇の戦いのヴィジョンが反映されていることに気づいた。

Voice B: 旧約聖書や神話で現れる蛇というのは地球上での人間が自分で意識出来ていない自分のエッセンスを表している。そのために、蛇はその時代や場所によって違うキャラクターになっている。

Voice A: 人が生きてゆく道は
蛇のように右から左
そして左から右、
物事を考える事から快感を感じるものへ
そして快感を感じられるものから物事を考える事へと揺れ動いている。

Voice B: 蛇は敵の象徴として現れる事もあるが、
私達の心の中での右と左を繋げる
賢い橋の役目をやってくれている。