John Pilgerの記事

https://newmatilda.com/2016/05/30/silencing-america-as-it-prepares-for-war-john-pilger/

最近の政治家は言っている事とやっている事が全く逆だったりする。この記事では、オバマ大統領がアメリカの歴史上、最もたくさんの原爆を作った大統領である、と書かれてある。何人がこれに気づいているだろうか?中国と北朝鮮は気づいている。中国は最近原爆の立場を変えた。前は絶対に最初に原爆ミサイルを落とさない、というポリシーだと言っていた。最近、危機に迫った場合は最初に原爆ミサイルを使っても良いというポリシーに変えた。オバマ大統領の最近の行動は、民主党が再び勝って、原爆ミサイルをヒラリー・クリントンが使えるようになる為に動いていると言われている。ヒラリー・クリントンはオバマ大統領の下でリビアの大統領の殺害やシリアにCIAを送る作戦の計画の仕事をしていて、イスラエルと戦争の武器を作る企業がクリントンのメインのスポンサーなので、中東の状態はクリントンが勝つと悪化すると多くの人は考えている。
この記事のライターは誰かと言うと、ロバート・ケネディーが暗殺された時に隣に立っていた人で、元々は民主党のサポーターで1968年の政治運動にかかわっていたリベラルなライターとして知られている人である。マーチン・ルーサー・キングをサポートして、ベトナム戦争に反対してきた人である。この記事は、僕の尊敬する生命科学のジャーナリストのドリオン・セイガン(カール・セイガンの子孫である)のフェイスブックのページからシェアしている。この記事では政治家の言う事とやっている行動の違いをいろいろと見せている。下記にコメントを書いてみよう。
もしも、クリントンが勝つとどうなるか?TPPに関してゆれている態度を見せているが、勝ってしまえばTPPに賛成する立場になるだろう。また、中東の問題は今の延長になるだろう。しかし、今よりももっと危険な時代になって来る。
最近、北朝鮮のキム・ジョンウンがドナルド・トランプを支持するという事を発表したが、これにはあまり語られていない事情が影にある。僕の知人の親しい人で、最近引退をしたが、沖縄の米軍の海軍の基地に勤めていて、太平洋から北朝鮮に原爆ミサイルを向けている部門で仕事をしていた人がいる。彼は心から平和を望んで仕事をしていた。日本は長年、こうした事に守られてきた。ドナルド・トランプは沖縄から米軍を引き上げると言っている。そうなった場合、今までのプロテクションがなくなるので、北朝鮮はより権力を使えるようになる。そうすると、日本政府は自衛隊よりも正式な軍隊と自分達の原爆を作る行動に走るだろう。そして、それに反対する人が出てきた場合は、より全体主義的な政府にするしかなくなるだろう。しかし、多くの人から反対されないように、表面的には社会主義的に見える形を作るだろう。そのように計画されるだろう。
今の時代は、言っている事と行動が逆になっている政治家が多いと気づくと、何が起きているかがより分かってくると思う。今では、中国も北朝鮮も共産主義ではない。名前だけが残っている。そして、アメリカで一番権力とお金握る人達(ビル・ゲイツ等)は自分たちは社会主義者だと言っている。
今の時代では、人の言っている事やメディアに流さるずに、自分で様々なデータを集め、考えるべきだろう。人をすぐに信用するのではない。感情的になったり、行動に出る前に考えるべきだろう。もはや、1960年代は終わった。同じ反戦運動は今やっても、意味がない。というか、意味が変わってしまった。

シベリアのアルタイの人々と古代アメリカのインカ帝国やアステック帝国のつながりについて書かれた記事

http://rbth.com/science_and_tech/2016/02/23/its-official-native-americans-and-siberians-are-cousins_569517

遺伝子の研究が進んで行くと、様々な人々が遺伝子的につながっている事が証明されて行く。ここではシベリアのアルタイの人々と古代アメリカのインカ帝国やアステック帝国のつながりやオーストラリアのアボリジナル(原住民)とアマゾンのインディオスとの遺伝子のつながりに書かれている。

フォークというジャンルも民謡というジャンルも19世紀まで存在しなかった

最近、音楽を選曲してプレイリストをする仕事をしていた。最近では、一カ月、決まった料金を払うと一か月間聴き放題になるウエッブサイトがいくつも出来ている。 Appleもやっているが、僕が頼まれたのはKKBOXという音楽聴き放題アプリ。先月は30個のプレイリスト、今月は8個作った。それぞれのジャンルの説明を書いた。これはフォークについて書いた文章:
フォークという言い方は19世紀にフランスやドイツが民族国家になった時から使うようになった。実際は伝統的に残っている歌で、『眠る森の美女』のように貴族の生活が分からないと作れない内容も多くある。20世紀では左翼の民衆運動や社会運動と一緒になり、”民衆の歌”にされてしまった。アメリカのウディ・ガスリー、また、イギリスのマーチン・カーシーの両親は1930年代から社会運動にかかわっていた。戦後にフォーク・リバイバルが行ってからは、ロックに大きな影響を与え、フォーク・シーンも変わって行く。今ではテクノ・フォークなど様々なサブ・ジャンルがある。
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フォークというジャンルも民謡というジャンルも19世紀まで存在しなかった。それまでは、伝承的に伝わっている歌や舞曲だった。”民衆”というコンセプトも19世紀に今の意味を持つようになった。今、一般的に自分が”日本人”であったり、”ドイツ人”であったり、”中国人”である事が当たり前に見えているが、この考え方はフランス革命の頃に、世界に広がって行った。最近の考え方である。また、1980年代以後に”中華民族”というコンセプトが新たに出来たとウィキペディアで読んだ。”中華民族”とは漢民族だけではなく、チベット人、モンゴル人、朝鮮人も”中華民族”であり、中華人民共和国が祖国であるという考え方だ。”民主主義”という考え方も民族国家というコンセプトが定着した事によって、世界に広がっているアイデアである。(古代ギリシャもアメリカ革命当時も奴隷も持つ国家であった。)
多くの人が当たり前だと思っている考え方は、近代の政治によるもので、普遍的ではないと知るべきだと思う。また、半世紀もたつと、社会に影響力を持っている権力者も代わり、社会状況も政治状況も別のものになっている。
こういった状況をあまり見ていなく、半世紀前と同じスローガンを書いている”サヨク”と政治活動をしているつもりの人の文章を見ると、残念だという気持ちと現代の危険性を感じてしまう。
今年はいくつかトーク・ショーを企画しようと思っている。音楽を演奏するだけではなく、21世紀の文化、哲学について考え、今の時代について語りながら、新しい音楽とパフォーマンスを作って行きたいと思う。近い内に、こちらに情報を載せます。

テロリストになってしまったアジア系ヨーロッパ人の第二世代。

アジア系ヨーロッパ人の第二世代の人達が過激派のイスラム教に誘われて、テロリストになってしまうケースが多い。ロンドンの2005年の地下鉄テロをリードした人間も普通にイギリスで育った、第二世代のパキスタン系英国人だった。普通にイギリスのポップスを聴いて育ち、イギリスのテレビを見て育った。コーランを親のように分からず、家では伝統的なイスラムの考え方と常にぶつかっていた。彼は英語で説明してあるイスラム教のサイトからイスラム教を学び、それが自分のアイデンティティーだと思い込んだ。そして、親や親戚と縁を切って、似ているもの同士のコミュニティー(同じアジア系ヨーロッパ人の第二世代同士のコミュニティー)をネットで見つけて、そこで仲間が出来た。他のテロリストを見ても似ているバックグラウンドから来ている人々が多い。2004年に映画監督、テオ・ファン・ゴッホをアムステルダムで殺したモロッコ系オランダ人もそうだった。彼も全くのオランダ人として育ち、親の教えているイスラム教は言葉や文化の違いも含めて理解出来ず、ネットで出会った過激派イスラム教と出会い、そこで仲間を作り、テロリストになった。この映像はイスラム国の死刑官として多くの人々の首を切っていたアジア系英国人がどういう少年だったかを見せている英国の番組からの映像。
私自身も17歳まで全くのアジア系アメリカ人として育っている。アジア系ヨーロッパ人の書く文学を読むと、その人達の考え方も伝わって来る。私と共通に思えるところもある。
ヨーロッパでテロを起こす多くの人達は本当はヨーロッパ人である。自分の育った環境こそが自分の故郷であり、親や先祖の国は、その元の文化に過ぎない。過激派のイスラム教が育ってしまうのは、こうした理由が後ろにある。そういうことが理解できる世の中になったら、少し状況は変わるかもしれない。
こうした人々が過激派のイスラム教に誘われてしまうのは、アイデンティティーが見えない部分があるからだ。『あなたは本物のxx人ではない』と周りの様々な人々から言われている。(私もそうだった。)そこでアイデンティティーを与える過激派の宗教団体が現れるのだ。『これがあなたの本当のアイデンティティー』と言うのだ。
このようなアイデンティティーにたよっている社会こそに問題があるのではないか?
また、誰がこうした人々を過激派のイスラム教に誘っているのだろうか?
どこかの大きな組織が、お金を出していなければ、出来ないはずだ。
私にとってはこれが一番大きな問題に見える!
そして、そのようになってしまう理由はアイデンティティーにたよっている社会にあると思う!

Rootless と Je Te Veux

この曲は過激派のテロリストになるような人の気持ちを歌っている曲。20年前に、パキスタン系英国人の作家、ラッシュディの小説『恥』を読んで、自分もニューヨーク育ったアジア系アメリカ人の気持ちを一生持ち続けるのだろうと気が付いた。
最初の音楽『Rootless』はエリック・サティの『ジムノペディ』の感じの上に作られている。最後の曲はサティの『Je Te Veux』のメロディを使って、中世音楽のリディア・モードのオスティナート・パターンの上で歌われている。原曲を知っている人にとって、人によっては違和感があるかもしれないが、この方がその言葉のメランコリックな感じが出てくる。全体として非常にソフトに響くものになっている。
最初の曲は、11月7日の映像に、クチパクの逆で、映像を見ながら、家でライブで取り直した。『Je Te Veux』は2011年のアコースティック・ライブをそのままにしている。二つの曲の間に『国を持たない人々』という朗読と町の音のテープ音源の曲が入っている。
『Rootless』の言葉を直訳的に日本語に訳すと次のようになる:
『Rootless』 by Ayuo (直訳:Ayuo)
国を持っていない人間の気持ちを
いつか理解出来るようになる日が来るだろうか!
自分以外の周りの人々はみんな、ある”民衆”の一員
自己嫌悪によって、傲慢な程度をしてしまう
タフ・ガイの外側を演じて、自分の内心を隠す
それでも、社会は壁。
差別的に見られる気持ちが君に分かるだろうか!
鏡を見ながら『私はみんなと違うのね』と言う人の気持ちを
考えた事があるか!
クラスの道化師の気持ちを君には分かるか!
みんなを笑わせるために自分自身を屈辱する
君がそういう立場になったら、どんな気持ちになるか!
誇り高い程度を見せる
それは内心の空白感を隠したいためだ
愛されたいと思っている
どこかの社会の一員にもなりたいと秘かに思っている
沈黙ほど恐ろしいものはない
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人にとっては、自分の育った場所がふるさとだ。
言語や文化は自分の育った場所から学んでいく
科学用語ではエピジェネティックスと呼ばれている。
体が先祖からつたわるもの、文化は環境から伝わるもの…
ニューヨークで育った人は一生、自分の育った時代のニューヨークの中で
一生を過ごす。
ロンドンで育ったアラブ人にとっては、自分の育った時代のロンドンがふるさと。両親が信仰していたコーランはそのままでは彼にとって分からない。両親と親戚とは口論ばかりになる。しかし、自分の育ったふるさとの人間も彼がその一員だと認めないとすると彼はどうする。そうした彼にアイデンティティーを与えてくれるのが過激派の宗教団体。
海外で育った人間がそのまま、自分の先祖のふるさとに行くとどうなるか?
『オマエは我々とは違う』と言われる。
『オマエは本物ではない』と言われる。
『オマエは日本人ではない』ー これは僕がよく聴いた言葉だ。
…..
移民が多く増える未来。
未来はこうした人々がどうするかによって決まるかもしれない。
それは新しい民族になるのか?
それとも、国を持たない人々になるのか?
未来はこうした人々がどうするかによって決まる。
アウトサイドに生きている人は、アイデンティティーは作り物だと知っている。
社会のアウトサイドに生きている人に、そのようなアイデンティティーはいらない。
(上記は抜粋されている)Words by Ayuo
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Two songs composed by Ayuo. Rootless is inspired and influenced by Erik Satie’s Gymnopedie, while Je Te Veux is an acoustic guitar song using the well known melody by Erik Satie.
Words and Lyrics to “Rootless” by Ayuo
Ayuo: Vocals, Guitar, Recitation
Takuyuki Moriya: Contrabass
Junzo Tateiwa: Percussion
Sayano Tojima: Violin
Recorded live November, 2015 and June, 2011
The sound recording for “Rootless” is taken from a live recording at home and matched to the video. Je Te Veux is entirely live.

アイデンティティーの問題を抱えている人達だ

https://www.theguardian.com/world/2015/nov/15/paris-attacker-omar-ismail-mostefai

英国新聞The Guardian よりパリの11月13日金曜日でロック・コンサートの会場でのテロを起こしたフランス国籍の人の一人について:“The people who do this kind of thing are born in France, they have an identity problem,”
『たいていのテロを起こす人達は、自分の国籍を持っている国(フランス)でのアイデンティティーの問題を抱えている人達だ。』また、自分の親や親戚の国の文化や言葉が分からなく、両親とも絶縁をし、自分の育ったフランスでフランス人としても認められない場合は彼らにアイデンティティーを与えてくれそうな信仰宗教団体について行ってしまう可能性がそれだけ強くなってしまう。1月のパリのテロ攻撃もそうだった。
“He wasn’t a troublemaker. He was someone who stood up for himself; you wouldn’t provoke him because you knew that he’d stand up for himself if you did. But he wasn’t someone who went looking for problems. He was calm; he wasn’t someone who you’d notice, who stood out.”
『彼はトラブルを起こす人ではなかった。彼を怒らせように挑発したり、差別をしてしまうと、それにちゃんと答えを返す人だった。彼は静かな人だった。彼はとくに目立たなかった。』
”イスラム教過激派”というシンプルな説明ではなく、どういった環境の人達が、このように追い込まれるかを研究する必要があると僕は強く思う。
また、誰がこのような人達を狙って洗脳しているのだろうか?
また、このテロ事件がすぐにシリア攻撃の強化とつながるのも怪しく見える。

作曲家のクルト・ワイルは”国を持っていない人”になってしまった人だった

作曲家のクルト・ワイルは”国を持っていない人”になってしまった人だった。彼の妻、ドイツ人の歌手のロッテ・レンヤによると、彼はアメリカに渡って落ち着くと家でも全くドイツ語を話さなくなってしまった。そして、ドイツ人の作曲家として、彼について書かれると、自分から文句の手紙を書くのだった。1947年にアメリカのライフ・マガジンに次のように書いていた『私はドイツに生まれましたが、私はドイツの作曲家ではありません。ドイツも私をドイツ人の作曲家だと思っていないから、ドイツを去った。私はアメリカの市民であり、私はもはや12年もアメリカのステージのために作曲をしている。そのように、修正するようにお願いします。』ロッテ・レンヤによると、彼はドイツ人の昔の知り合いとは縁を切ってしまった。裏切られた、という気持ちが強くあった。彼の死ぬ前の最後の言葉も英語だった。
ドイツは19世紀ではヨーロッパの中でユダヤ人が最も普通に暮らせる場所だと言われていた。ポーランドや東ヨーロッパではゲットーに住まないといけない場所がまだ多かった。ベルリンではたくさんのユダヤ人が他の人と同じように仕事が出来た。宗教を捨てて、キリスト教になる人もいれば、共産主義に信じる人もいた。ドイツではドイツ人としてそのままやって行けるように見えていた。だが、歴史を見ると、移民や社会のアウトサイダーや”よそ者”がいられるのは景気が良い時で、経済に問題が来るとまず”よそ者”のせいになる。唐時代の中国も国際都市だったが、景気が落ちたら、イスラム教等の人達の大きな虐殺があったと歴史の本が伝えてる。
1930年代にクルト・ワイルは国を失った。そのショックで、人間についての考え方、そのものが変わってしまった。アメリカの作曲家ヴァージル・トムソンは書いていた”Weil’s working associations with Bertolt Brecht was to be buried”
そして、ロッテ・レンヤは言う”Weil didn’t want to have anything to do with refugees (from Germany). He never saw any of them again. Never! Kurt never wanted to go back.”
彼はユダヤの古典的なモードで曲を書いたり、アメリカのユダヤ人の作詞家のアイラ・ガ-シュイン(ジョージ・ガーシュインの兄)と組んでヒットになったミュージカルを作曲した。『イントゥ・ザ・ウッズ』の作詞作曲家スティーブン・ソンドハイムはクルト・ワイルのアメリカ時代の作品の方が好きだと語っている。ソンドハイムはブレヒトとの共作『マハゴニー』の英語版を作るのを断った。アイラ・ガ-シュインとの共作『Lady in the Dark』には素晴らしい歌がたくさんある。”My Ship”等スタンダード・ソングになった曲も多い。私にとってはクルト・ワイルがアメリカで作った曲には、このように人間に対して信じていたものがひっくり返った経験を持つ人のものにも見えて来る。
ワイルはブレヒトと出会う前から、自分が目指す新しい音楽の考えを出版していた。”The rhythm of our time is jazz. In it the slow but sure Americanization of all our physical life finds its most notable manifestation. …And a glance into any of the dance halls of any continent shows that jazz is as precise the external expression of our times as was the waltz of the nineteenth century. (1926年, ブレヒトと出会う1年前の記事。)
ブレヒトの詩は’技術的’に優れているものも書いているが、見えて来る人間性があまり好きではない。ブレヒトはワイルとの共同作業がうまくいかないと気がつと、ワイルの音楽の方法を全部自分が指示したと文章で書いたり、ワイルの音楽的な考えとあきらかに違反するものを『マハゴニーのノーツ』として出版したりして、ワイルを困らせた。ブレヒトが作り上げたインチキ・プロレタリア・スタイルの格好にも、その人間の嫌な感じが伝わって来る。ワイルの妻、レンヤは、ブレヒトは自分をかっこいいプロレタリアに見せるためにお金をたくさん使っていた、と言っている。。ワイルはブレヒトに忠告していた”I’m not interested in composing Karl Marx. I like to write music.” また、ブレヒトは彼の演劇論は、その時代では革新的だったかもしれないが、はたしてそれで感動出来るものが今作れるだろうか?スティーブン・ソンドハイムの『イントゥ・ザ・ウッズ』には心理学者カール・ユングの影響がキャラクターの描き方に見えてくる。これが私にとって最も理想的なミュージカルだ。
ワイルはアメリカの市民になり、ブレヒトは戦後東ドイツに帰った。ワイルが亡くなった1950年からスターリンはソ連と東ヨーロッパで”Rootless”な人達を批判して、強制収容所に送ったり、射殺する運動が始まった。”Rootless”というのは「国を持たない人達」で、社会主義国ではユダヤ人、ロマ(ジプシー)等、”民衆”としての共同体からはみ出ているものは虐殺して行く運動が始まろうとしていた。しかし、1953年に突然怪しい状況でスターリンは亡くなった。スターリンは特別に狂っている人ではなかった。ロシアに 旅行した時、何人もスターリンの時代こそが最も良かったと英語で私に語る人と出会った。49%の人口はそう思っていると読んだ事もある。スターリンはみんなが望んでいる事をしていたと語る人達。数冊、スターリンについての本を読んだ事あるが、たしかに民衆が本当の社会主義の革命を起こすと、必ずスターリンの歩んだ道になるしかないだろう。ある元共産党員はポル・ポットは何故カンボジアの革命に失敗をしたかというと、たった人口の3分の1しか殺していないからだと言っていた。人口の3分の1の死者では全くたりない。恐怖の状態で人を動かすには、たくさんの無実の人達を公開死刑にしてしまわないと本当の恐怖の政治国家にはなれない。
クルト・ワイルの伝記によると、ワイルは初期の時代ではシェーンベルグの『月に憑かれたピエロ』に特に影響を受けて、この作品については2つの文章を発表していた。また、ベルグの『ヴォツェック』にも影響を受けていた。ベルグはよく毎日午後にジャズをラジオで聴いていたと言われている。そして、ワイルとの共通点は、それを自分の音楽に独特なスタイルで取り入れる事が出来た事だろう。アメリカに渡った後のワイルとドイツにいた頃のワイルのスタイルの違いについていろいろと書かれているが、彼の伝記を見ると彼の人生経験そのものがどちらの時代の音楽からも溢れ出ている。

なぜ世界はヒットラーの時代のような全体主義的な時代に今向かっているかを分析している英国The Guardianよりの記事

https://www.theguardian.com/world/2015/sep/16/hitlers-world-may-not-be-so-far-away?CMP=fb_us

英国The Guardianよりの記事。友人からシェアしました。なぜ世界はヒットラーの時代のような全体主義的な時代に今向かっているかを分析している記事。気が付かないと、アウシュビッツのような事が未来に起きてくるだろうと書いてある。第二次大戦争は資源の争いと、限られている資源をどう使えるか、という問題から始まった戦争だった。ナショナリズムは人々を一つの”民衆”(volk)という共同体として動かせるための言い訳だった。軍国主義はナショナリズムをその中心になるイデオロギーとして使った。中世時代では宗教を使って、地主達が土地とそこにある資源の争いが出来るのと同じように。人間は基本的にいつの時代になっても変わらない。動物であり、食べないと死ぬ、生きて行きたい、というのが身に付いている。ヒットラーの時代でも、状況が厳しいところほどユダヤ人達は助からなかった。経済状態が厳しくなると、まず自分の方が助かりたいと思ってしまう。よそ者のせいになったり、よそ者をまず追放して行く。特に国のみんなが一つの”民衆”(volk)であり、みんなで本を燃やしたり、行進したり、みんなと行動しない者は怪しい者とされる時代になると危険である。政治家は人々にはシンプルで分かりやすい説明をするが、その人の言っている事の中身を調べてみると一般の人々には分からないもっと複雑な理由があったりする。ヒットラーでもそうだった。単なるナショナリストの独裁者ではなかった。資源をどうやったら確保出来るか、という考えから始まっていた。日本のアメリカとの戦争も、資源の問題から真珠湾攻撃につながった。
しかし、実際の殺しをするのは一般の人々である。動かされた”民衆”である。支配者層の人々はめったにそういったダーティな事に手を出さないようにする。『”民衆”はそういう事をしない、それは政治家、企業家や支配者層の人々
がやらせているからだ”』というのは一つの言い訳であろう。
ヒットラーの時代にあった問題は第二次大戦争の終わりから広まった緑の革命によって解決が出来た。
しかし、この近年、メディアにあまり書かれなくなった事は地球温暖化の事実であろう。元ナサで勤めていて、ガイア理論考え方を広めた科学者ジェームス・ラブロックは、『ガイアの復習』という本で、地球温暖化が進んで、地球の多くのところが住めなくなり、人口はそれよって自然傷害や戦争によって減らされ、残りの多くの人々が全体主義的な社会に住む未来を描いた。今や地球温暖化が進んでいることが事実であって、それを変える事は可能でないと分かるとメディアから消える。エコ・グッズ等も前ほど聞かなくなる。以前に地球温暖化について語っていた政治家や企業化も何も言わなくなる。地球はいつも環境が変わっているのも事実だ。17世紀は寒い時期だった。13世紀は世界が暖かかった。恐竜がいた時代は地球が今よりももっと暖かかった。しかし、今では様々な公害を作るものがあり、原子力発電所などもあり、地球は一昔前の状態とは明らかに変わっている。毎年の夏、冬、嵐、スコールのような雨、ハリケーン等を見て、その変化が体で感じられないだろうか?
シリアの国内戦争のきっかけは雨が中々降らなく、食物が育たず、たくさんの農民が都会に出かけた事から始まったと言われている。ルワンダ紛争は水不足から始まっていた。
いつも、ナショナリズムや宗教は人を動かすためのツールであり、それが本当の問題ではない。政治家が人々にシンプルに説明する事と実際の問題が別だったりする。
北極の氷が解け始めるとアメリカ、ロシア、等様々な国が資源の争いに行った。南シナ海のルートも資源の争いと関係している。これは地球温暖化によって、資源が限られるようになると見えているからだ。メディアやネットで地球温暖化は本当はおきていないという記事が出るようになったのは、影で企業がそういう情報を流しているからである。
政治家にとって、”民衆”が集まってデモをする事などは恐れていない。一つに団結した民衆はナチス党がかつてしたように動かせる。多くの人々は本当の学習をしていないまま、政治的な発言をしている。第一次大戦争の後、ドイツにはたくさんの共産党のデモがあった、その参加者の多くは国家社会主義党(ナチス)に移った。
アメリカや日本等の国に住んでいると、これからアウシュビッツのような事が住んでいる国に起きるかも知れないと想像しにくいかもしれないが、資源の問題や地球温暖化の問題が、そのように人々を向けている。そして、今度は”民衆の革命”のようなものさえも一時的な解決にならない状況である。
この文章はこのリンクにインスパイアーされたものだが、内容は自分の意見である。

アイデンティティーがあいまいな人を狙った過激派の宗教団体

イスラム過激派とはどこから出てきたのだろうか? 伝統的なイスラム教とは全く別のものになっている。そして、どういった家庭環境で育つものが過激派のテロリストになるだろうか?ジャーナリスト、イアン・ブルマのいくつの本を読むと自分の家庭環境とも多くの共通点がある事が分かってくる。
ヨーロッパとアメリカにはたくさんの中東から来たイスラム教の人たちが住んでいる。その第一世代は仕事等の都合で行った人たちだが、アメリカやヨーロッパで育った第二世代は違う。アメリカやイギリスのポップスを聴いて、テレビを見て育った世代である。コーランを元の言葉で分かる事も出来なければ、アラブ語もちゃんと話せない。考え方や感覚は西洋人と同じであったりする。しかし、彼らはそう認められていない。イギリスでは’パキ’(パキスターニに対する差別的な言い方)と呼ばれ、同じイギリス人として扱われないケースが多い。もちろん、みんながそうではない。サルモン・ラッシュディーという20世紀のイギリス文学を代表する元パキスタン出身の家族で育った作家もいる。しかし、アイデンティティーがあいまいな人を狙ったウェッブサイトが存在している。そうしたサイトは英語で書かれていて、そこでヨーロッパで育ったが、うまく社会に溶け込めなかったイスラム系の家庭から来た人たちに向けた過激派のサイトがある。伝統的なイスラム教とは違い、レーニンの影響が入っているためによくジャーナリスト達はイスラム過激派の事をイスラムーレーニン主義とも呼んでいる。70年代の学生が憧れたチェ・ゲバラや毛沢東の要素が入っている。ライフルを持ってアメリカ帝国主義と闘うかっこいいテロリストのイメージだ。
今年の一月にフランスの雑誌にライフルを持ち込んで打ち出したテロリストもモロッコ系フランス人だった。2004年にオランダでヴァン・ゴッホというジャーナリストを打ったテロリストもモロッコ系オランダ人だった。オランダ人であるジャーナリストのイアン・ブルマは、そのテロリストの書いた文章や言っている事を見ると全くのオランダ人であって、アラブ人として考える事の出来る人でもない、伝統的なイスラム教は理解する事が出来ない人間だったと書いている。そのテロリストは、英語で書かれたイスラムの過激派集団のウェブサイトを読んで、自分のアイデンティティーがやっと理解出来た気になっていた。それはヨーロッパの人に向けて分かりやすく書かれているサイトだったからだ。そして、それが過激派に入るきっかけとなった。そこでは自分たちと似ている仲間を見つけ、気が付くとテロを起こすような人間に洗脳されていった。
イギリスで7・7の地下鉄のテロを起こしたパキスタン系イギリス人もイギリスの労働者階級と同じ育ちだった。アラブの言葉も文化もイギリス育ちの彼にはあまり分からなかったが、イギリス人ではなく’パキ’として育ってしまった。彼の父親や家族はもっと伝統的なイスラム教を彼に教えようとしたが、イギリス育ちの彼には理解する事が出来ず、家族と縁を切ってから、イギリスの地下鉄で自殺テロを行った。
フランスではよくヴォルテールの名前が出され、フランス革命の伝統が語られ、テロリストは『表現の自由』を無視していると語られるが、その影にはもっと深い問題がある。イアン・ブルマは、そう語る人々は元の意味と違う意味で語っていて、今ではナショナリストや人種主義者がイスラム教の人に使う表現になっている、と書く。ヨーロッパの雑誌ではイスラム教の人をヤギや動物に例えたり、差別表現も多い。そうした表現も許されるのがヨーロッパの伝統だと語り、そういうことが文化的に分からない移民には出て行ってもらおうという運動が始まっている。
イスラム国に人を誘い込むための宣伝のサイトもヴィジュアルに特にお金使われている。誰が影幕だろうか?
最近見たあるアメリカの共和党の政治家, ジョージ・ウォラスの演説を書いていた右寄りの作家, G. Edward Griffinは、多くのラテン・アメリカのアメリカ帝国主義に反対する政治集団のバックにはフォード財団の名前が見つかる事が多いとインタビューで語っていた。なぜ最もアメリカを反対する過激派にCIA等とつながりがある財団がお金を出しているかというと、それは一つに仲間にしてしまう事と、もう一つに世間に実はこの集団もアメリカがバックだったと見せる目的があると語っていた。昔、フォード財団は多くの芸術家にもお金を出していたが、ある時から過激派に出す事が多くなった。それは影の目的があるからだ。
今の政治は昔よりも複雑に動いている。簡単に右か左かと言えない時代になっているのだ。
また、移民も多く、様々な国で育った人たちの住む地球には新しい考え方が必要になる。私たちのようにアメリカで育ち、英語文化と日本人の先祖を持つ人たちにも昔のようなアイデンティティとは異なる新しい考え方と生き方が必要だ。その姿を音楽、言葉、絵やダンスで表現していくのが重要だ。