Genome after rehearsal

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ブズーキというギリシャの楽器について

2014年のフェイスブックの記事より

11月にはブズーキというギリシャの楽器を弾くライブが三回もあるので、ブズーキという楽器について少し描きたいと思います。また、音源も紹介します。

まずは、ブズーキというギターや三味線のような撥弦楽器と近代に作られた民族国家アイデンティティーがそれに与えた影響について書きたいと思います。

僕はブズーキを最初ギリシャのアテネで1994年に手に入れた。ブズーキについて少し知っている人たちはギリシャの民族楽器として扱ってしまうと思う。しかし、ブズーキは1920年代に宗教的あるいは政治的な理由でトルコ(当時はオスマン帝国)から放り出された音楽家によってギリシャで作られた楽器だった。

第一次大戦争をドイツ側で戦って負けたオスマン帝国はその帝国を失ってしまった。それまでに、トルコ人という民族アイデンティティーはなかったとウィキペディア等のページで書かれている。オスマン帝国を支配している人たちは自分たちの事をオスマン人と見ていたらしいが、これは民族アイデンティティーではなかった。民族国家というのは西ヨーロッパのイギリスやフランスから作られ、その政治的に支配する方法を世界に広めたものだった。オスマン帝国を失い、新しい国を作る時に宗教を使って”民族国家のアイデンティティー”を作った。正教(ギリシャ正教)の家庭に生まれた者はギリシャに追放された。その中には、宮廷音楽家もいたが、仕事も国も失ってしまった。そうした人たちは、サズというオスマン帝国の宮廷でも弾かれて楽器にギターの近代的なチューニング・ペグを付けてブズーキという新しい楽器を作った。しかし、それだけでは生活が出来なかったので多くの人は中東から大麻を輸入して売る商売もやっていた。

1920年代のギリシャのブズーキの音楽は不思議な香りがする。1960年代のグレートフル・デッドのような大麻の時間感覚から影響を受けたようなサイケデリックな面もあれば、中東で長い間宮廷音楽の一部であったニュアンスも残っている。ギリシャの宗教音楽、ギリシャ正教と同じ音楽のモード(音階)も使っていて、それで長い即興演奏をする場合も多かった。アングラ的な香りもする。ブズーキはこの頃、日本で言えば三味線と似ている立場を持っていて、長唄のように引き語りの曲がほとんどだった。そして、それを弾く人たちは民族アイデンティティーがあいまいな人たちだった。

ナチスが後にギリシャを侵略すると多くのブズーキの引き語りをやっていたプレイヤーは影でレジスタンスの歌を作るようになった。戦後になるとレンベティカというブズーキの引き語りの音楽が、そのレジスタンスの歌が有名になった事によって認められ、ギリシャの音楽として一般的になっていった。しかし、楽器も3弦から4弦になり、弾き方も西洋音楽のコードと会うようにマンドリンに近くなった。ギリシャも長年オスマン帝国に支配されていた国で西洋のオーケストラは19世紀の後半にやっと出来たばかりだった。まだ、西洋音楽は浅い伝統しかなかったが、急に西洋化が始まった。

トルコの方では、トルコ人のアイデンティティーを満州の周辺から中央アジアに6世紀に存在していたウイグル帝国をルーツと教えて、民族アイデンティティーを”製作”した。イスラム教であって、中央アジアで発達した思われる言葉を話しているのがトルコ人で、トルコ人は15世紀頃に今住んでいる土地に存続していたビザンチン帝国を滅ぼして乗っとたと歴史で教えている。また、古代のウイグル帝国は今のロシアのトゥヴァ共和国の周りにあった帝国で、人種も(科学的に遺伝子を調べると)今の中国でウイグル人と呼ばれている人たちとは別のようである。

しかし、最近のDNAのリサーチから見ると実は今のトルコ人は中央アジアの言葉を話しているかもしれないが、その遺伝子はビザンチン帝国の人たちのもので、古代ギリシャ人の子孫になってしまう。おそらく15世紀に、トルコ人の男性の侵略者たちの側に立って、トルコ語とイスラム教を自分の言葉として覚えた人たちが現在のトルコ人で、それに反抗していた人たちギリシャ人であろう。

こうして新しい”民族”が作られたのだろうと思う。

しかし、世界中を見ても、19世紀では大英帝国が強かった為に、それを真似して民族国家を作らなければいけなかったところが多いと思う。
僕のこないだ初演したOUTSIDE SOCIETYでドナルド・リチーの言葉『I NOW DOUBT THE VERY EXISTANCE OF WHAT YOU CALL A A NATIONAL IDENTITY. IN THIS UNIVERSE IT COULD BE A SERIOUS DELUSION.』を歌っているのはそのように民族国家アイデンティティーが人工的に作られたということを言いたかったのである。

(そもそも、「国家アイデンティティ」というのが、ほん
とうに在るのか、今や疑わしいもんだ。
(語る)この宇宙では、それは大真面目な妄想。)

トルコ人の遺伝子については次のところに詳しく書かれてある。

http://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people
これは抜粋:

The extent to which gene flow from Central Asia has contributed to the current gene pool of the Turkish people, and the role of the 11th century invasion by Turkic peoples, has been the subject of various studies. Several studies have concluded that the historical and indigenous Anatolian groups are the primary source of the present-day Turkish population.Furthermore, various studies suggested that, although the early Turkic invaders carried out an invasion with cultural significance, including the introduction of the Old Anatolian Turkish language (the predecessor to modern Turkish) and Islam, the genetic contribution from Central Asia may have been very small

https://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people

https://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people

We Need Philosophy – Now More Than Ever Philosopher Slavoj Zizek tells us why

For fans of Slavoj Zizek. スロヴェニアの哲学者、スラヴォイ・シジェックの新しい映像。彼の今年の前半発売した本、『Against the Double Blackmail: Refugees, Terror and Other Troubles with the Neighbours』はみんなに推薦できます。今、私たちが住んでいる世の中の様々な問題(移民問題、テロ問題、その他の国際状況の問題)に対して新しい希望を与えてくれます。アマゾンで売っています。翻訳はまだです。

Magic Light by Jadranka

このような名曲は、もう少し知られた方が良かった。
『Moon Will Guide You』というCDからJadranka Stojakovic が書いた作品。この曲に、僕が書いた英語詞の言葉がところどころ入っています。”Music over the dancing waves”や”Silence over the sleeping sea” 等の言葉を考えました。このアルバムで数曲、英語作詞家として参加しています。また、このアルバムで作詞作曲した『Standing At The Edge』が『Standing On A Cloud』というタイトルで収録されています。是非聴いてみてください。
本日、演奏しに行きます。

カート・ヴォネガットの小説『母なる夜』の映画版からの一つの場面

明日、カート・ヴォネガットの小説『ジェイルバード』からの場面に基づくAyuoの作品『オフィーリア』をP3 art & environment で演奏するが、これはカート・ヴォネガットの小説『母なる夜』の映画版からの一つの場面。アルヴォ・ペルトの弦楽の音楽が使われている。作家カート・ヴォネガットが自身もこのクリップの1分18秒から10秒間出ている。
これは全てを失った男が、何も前に進む理由が見つからない事に気づいて、町の真ん中にただ止まってしまう場面。彼を愛していた女の人は、彼自身が疑ったために自殺されてしまい、彼が親友だと思って長年付き合っていた男は彼を裏切って外国の刑務所に彼を拉致する計画を作っていた事が分かってしまう。愛する人も友達もいなければ、信頼関係が成り立つ相手もいなくなる。第二次大戦中、アメリカのスパイとしてドイツに生きながら、表面的にはナチス宣伝部員として働いていたため、世間全ての人から’ナチ’と見られてしまっている。
『立ち止まったのは、罪の意識からではなかった。何も罪も感じないようになっていた。。。立ち止まったのは死の恐怖からではなかった。死は友達のように思うようになっていた。。。立ち止まったのは、愛されていないからではなかった。愛されていなくても生きて行けるようになっていた。立ち止まったのは、もはやどこにも行く理由がなかったからだ。』
最後に警官に『大丈夫か?』と聞かれて、行くように言われて、やっと歩いていく。
ニック・ノルティが主人公の役を演じていて、シェリル・リー(ツイン・ピークスのローラ・パルマー)が主人公を愛していた女の人を演じている映画『マザーナイト』より。とても、よくカート・ヴォネガットの世界のある一面を表している。カート・ヴォネガットの世界は全体としてはユーモアとシニカルなアイロニーに満ちている。Ayuoの作品で描きたい世界と共通の部分がたくさんある。

『ありがとうヤドランカ。追悼作品展&ライブ』に出演します

来週の日曜日7月24日の午後17時に『ありがとうヤドランカ。追悼作品展&ライブ』に出演します。20分位の演奏を予定しています。入場無料のイヴェントなので、気になった方々は是非見に来てください。四谷三丁目の側のP3 art & environment で演奏しています。こちらのチラシに地図も載っています。

先ほど、フェイスブックにもアップした『オフィーリア』も含めて、ヤドランカさんとコラボレーションをした4曲から演奏する予定です。
予定している曲目は次の通り:

1) Standing at the Edge (作詞作曲:Ayuo, JadrankaさんはCD『Moon Will Guide You』でこの曲を収録しています。)

2) Ophelia (作詞作曲:Ayuo,CD『絵の中の姿』でJadrankaさんと一緒に収録しました。)

3) Everything Birds Can See (詩の朗読のみ)(作詞:Ayuo Takahashi,
作曲:Jadranka Stojakovic

4) Magic Light (作詞作曲:Jadranka, Ayuoは幾いくつかの英語詞の言葉をこの曲に書きました。)

ヤドランカさんについて次の言葉を5月にフェイスブックに書きました。ご覧になってください。
7月24日はヤドランカさんのお誕生日でもあります。
よろしくお願いします。

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Ophelia by Ayuo

このリンク先の『オフィーリア』という曲はAyuoのCD『絵の中の姿』に収録されている。ヤドランカとAyuoによって歌われている。カート・ヴォネガットの小説「ジェイルバード」のある場面にインスパイヤーされて書いた曲。
カート・ヴォネガットの小節は最初、僕が12歳の頃に継母のカレンに読むように言われた。14歳から15歳の頃、それまで出ていたほとんどの小説を読んだ。カート・ヴォネガットの描くテーマは一生自分の作品に残っている。ところで、彼の有名な小説の映画版『スローターハウス5』ではグレン・グールドのピアノ演奏が映画音楽に使われている。『マザー・ナイト』では作曲家、アルヴォ・ペルトの音楽が使われている。
カート・ヴォネガットはドイツ系アメリカ人で、第二次大戦争の時期をアメリカ兵として、ドイツで戦い、捕まり、捕虜になった。彼の小説に、この戦争体験が重要なテーマとして出てくるが、彼の書き方はとてもユーモラスで笑い出せる場面も多くある。
この場面では、主人公のアメリカ兵が1945年の夏に戦争が終わった事に大きな喜びを感じて、ある女性に語りかける『これからの新しい時代を見てごらんよ、世界はやっと今までの間違いに気付いたんだよ。一万年の狂気と欲望の時代がこの戦争裁判と共に終わるんだよ。本も書かれるだろうし、映画も作られる。これこそが歴史の中で最も重要な曲がり角かもしれない。』しかし、その女性はまるでオフィーリアのようなキャラクターだった。彼女は戦争での人間の行動を見てから、人間が良いものだと信じなくなった人だった。第二次大戦後には何万人もこうした女性が戦争の跡地を放浪していた。オフィーリアは次のように歌っている:
私をさわらない
私も誰もさわらない
飛んでいる鳥のように
とても美しい
神と私だけで
愛の言葉を語ったアメリカ兵に次のように答える:『私たちは宇宙の片隅にできた病気のようなもの。人間が子供を作り続けていくこと自体が間違っていると思っている私に、よく愛なんか語れるわね。まるで8歳の男の子みたいね。』
彼は答える:『時代の夜明けにぴったりの年齢さ。』
2000年代にイラクに戦いに行ったアメリカ兵も、このようにアメリカのデモクラシーを世界に広めないといけないという信念で行ったものが多かった。
この小説が書かれた70年代にも、20世紀最後の左翼的な政治思想が生まれていた。でも人間は変わらなかった。第二次大戦を体験したヨーロッパの女性オフェーリアの考えは、社会思想や人間の新しい未来をだれかが語る時、僕がいつも思うことと重なっていた。この曲はそれを表現している。
この小節「ジェイルバード」の最後には、第二次大戦争でアメリカ兵だった主人公がニューヨークを歩いていると、町中のお店、新聞やテレビなどメディア、エンターテインメントが同じ会社のものになっている時代になったと気づく。今でいえば、セヴン・イレブン、ガスト、マック、などのチェーン店にあふれている町になり、個人営業は難しい時代になっている。1970年代から見ると、まさに今の時代だ。そこで、彼は戦前に一緒に社会運動をやっていた元彼女が全てのオウナーだと分かってしまう。戦前にはスターリン風の社会主義をアメリカに広めようと一緒に運動をやっていた。実際のスターリンのソ連では多くの人々が収容場で殺されたとも気づいていなかった。彼女は久しぶりに会う元彼氏に語る『私はやったのよ! アメリカを社会主義にしたの。あなたと別れた後にお金持ちと結婚して、次々と買収した。誰かが全てを買わないと資本主義は終わらないと私は考えたの。』
2010年にニューヨークに「ウォール街を占拠せよ」というプロテストの運動が会った時に、スロヴェニアの哲学者スラヴォイ・シジェックがみんなにある言葉を唱えさせた:
『私達は社会主義者ではない。ウォール街のお前たちが社会主義者だ。』たしかに、近年、ビル・ゲイツやアメリカの多くの億万長者達は自分達は社会主義者だと言っている。そして、社会主義者だといっている数人が全てオウナーに成り出している。中には自分たちはリベラル・コミュニストだと言っている人たちもいる。多くは1968年の学生運動を通って来た人たちだ。しかし、今の世の中を見て、はたして社会は良くなったであろうか?
1970年代に未来が、このようになっていくと考えられた人は少なかったかもしれない。哲学者のスラヴォイ・シジェックは言う『多くの西欧諸国の人々は社会主義になって来ているのを気づいていない。中国、ロシアや私達、東ヨーロッパの人達は長年社会主義の国で住んでいたから、それは敏感に感じる。そして、その危険性も、自由が失って行く事も感じられる。』
この本や他のカート・ヴォネガットの本を推薦したい。
この曲は組曲の2曲目だった。1曲目は上野洋子さんとイギリス人のプロデューサー、デヴィッド・ロードと一緒に自費でレコーディングしたが、まだ発売されていない。『絵の中の姿』は現音舎 のレーベル、ジパング・プロダクツより発売されている。アマゾンでも売られている。