Ayuo sings “Never on Sunday”

Ayuo sings “Never on Sunday” (English explanation below) on youtube.

マノス・ハジダキスの作曲した『Never on Sunday』を1998年に永瀬正敏出演の映画『Beautiful Sunday』(中島哲也監督)のエンディング・テーマとして歌い、伴奏パートのブズーキを演奏した。20年立つと今の方がこの頃よりも声のテクニークも表現力も上がっていると自分では感じてしまいます。しかし、あまり知られていない録音なのでアップします。この映画は大抵のTSUTAYAでレンタル出来ると思います。この映画の他の出演者は尾藤桃子, 山崎努, ヨネヤマママコ。マノス・ハジダキスはギリシャの作曲家。レンベティカという本来はのブズーキの伴奏を中心としたスタイルでの歌の曲もたくさん書いている。ミュージカルからクラッシクからポックスまで作曲している、ギリシャでは国民的な作曲家。

youtubeの写真はこないだ9月にラスト・ワルツで、僕がマスクを付けて踊った時のもの。今週の木曜日もラスト・ワルツでブズーキをダンスと共に演奏します。このブズーキはギリシャで買った1920年から1930年頃のブズーキのモデル、よりオリエンタルな音がする。ギリシャのべりー・ダンスはブズーキが中心楽器になっている。

I sang this as an ending theme for the 1998 movie “Beautiful Sunday” directed by Tetsuya Nakajima, and starring Masatoshi Nagase.
I also play the Greek bouzouki on this. Manos Hatzidakis was a Greek composer and theorist of Greek music. He composed in many styles from musicals to classical music to pop music. He also composed songs in the style of a rembetika, the style popularized in the 20s and 30s in Greece with the bouzouki as the main instrument.

The photo on the youtube is of Ayuo dancing with a mask in 2014.
I will also be playing the bouzouki on the 6th, day after tomorrow. This bouzouki is a 3 course type, which was popular in the 1920s – 30s, and has a more Oriental sound than the ones used today.

Ayuo – A Stranger – Rock Music for Bouzouki

A Stranger

All instruments played and recorded by Ayuo on Pro-tools:
Ayuo: Bouzouki, Sitar-Guitar, Cornemuse, Electric Guitar, Bass, Soft Synths
(Chameleon 5000, Computer Muzys (Midi sequencing), DS 404, B4, imPOScar,
Sample Tank, Dalai Lama,) Fue, Tin Whistle, Darbukka, and voice.
Ken Awazu: Low Male Chorus on “A Stranger”
Maeda Motohiko: Mixing

From Ayuo – “AOI”
TZ 7260
Released by JOHN ZORN on his label, TZADIK, Dec, 2005

Ayuo – Oh Light of My Heart – Rock Music for Bouzouki

All instruments played and recorded by Ayuo on Pro-tools:
Ayuo: Bouzouki, Sitar-Guitar, Cornemuse, Electric Guitar, Bass, Soft Synths
(Chameleon 5000, Computer Muzys (Midi sequencing), DS 404, B4, imPOScar,
Sample Tank, Dalai Lama,) Fue, Tin Whistle, Darbukka, and voice.
Maeda Motohiko: Mixing

From Ayuo – “AOI”
TZ 7260
Released by JOHN ZORN on his label, TZADIK, Dec, 2005

ブズーキというギリシャの楽器について

2014年のフェイスブックの記事より

11月にはブズーキというギリシャの楽器を弾くライブが三回もあるので、ブズーキという楽器について少し描きたいと思います。また、音源も紹介します。

まずは、ブズーキというギターや三味線のような撥弦楽器と近代に作られた民族国家アイデンティティーがそれに与えた影響について書きたいと思います。

僕はブズーキを最初ギリシャのアテネで1994年に手に入れた。ブズーキについて少し知っている人たちはギリシャの民族楽器として扱ってしまうと思う。しかし、ブズーキは1920年代に宗教的あるいは政治的な理由でトルコ(当時はオスマン帝国)から放り出された音楽家によってギリシャで作られた楽器だった。

第一次大戦争をドイツ側で戦って負けたオスマン帝国はその帝国を失ってしまった。それまでに、トルコ人という民族アイデンティティーはなかったとウィキペディア等のページで書かれている。オスマン帝国を支配している人たちは自分たちの事をオスマン人と見ていたらしいが、これは民族アイデンティティーではなかった。民族国家というのは西ヨーロッパのイギリスやフランスから作られ、その政治的に支配する方法を世界に広めたものだった。オスマン帝国を失い、新しい国を作る時に宗教を使って”民族国家のアイデンティティー”を作った。正教(ギリシャ正教)の家庭に生まれた者はギリシャに追放された。その中には、宮廷音楽家もいたが、仕事も国も失ってしまった。そうした人たちは、サズというオスマン帝国の宮廷でも弾かれて楽器にギターの近代的なチューニング・ペグを付けてブズーキという新しい楽器を作った。しかし、それだけでは生活が出来なかったので多くの人は中東から大麻を輸入して売る商売もやっていた。

1920年代のギリシャのブズーキの音楽は不思議な香りがする。1960年代のグレートフル・デッドのような大麻の時間感覚から影響を受けたようなサイケデリックな面もあれば、中東で長い間宮廷音楽の一部であったニュアンスも残っている。ギリシャの宗教音楽、ギリシャ正教と同じ音楽のモード(音階)も使っていて、それで長い即興演奏をする場合も多かった。アングラ的な香りもする。ブズーキはこの頃、日本で言えば三味線と似ている立場を持っていて、長唄のように引き語りの曲がほとんどだった。そして、それを弾く人たちは民族アイデンティティーがあいまいな人たちだった。

ナチスが後にギリシャを侵略すると多くのブズーキの引き語りをやっていたプレイヤーは影でレジスタンスの歌を作るようになった。戦後になるとレンベティカというブズーキの引き語りの音楽が、そのレジスタンスの歌が有名になった事によって認められ、ギリシャの音楽として一般的になっていった。しかし、楽器も3弦から4弦になり、弾き方も西洋音楽のコードと会うようにマンドリンに近くなった。ギリシャも長年オスマン帝国に支配されていた国で西洋のオーケストラは19世紀の後半にやっと出来たばかりだった。まだ、西洋音楽は浅い伝統しかなかったが、急に西洋化が始まった。

トルコの方では、トルコ人のアイデンティティーを満州の周辺から中央アジアに6世紀に存在していたウイグル帝国をルーツと教えて、民族アイデンティティーを”製作”した。イスラム教であって、中央アジアで発達した思われる言葉を話しているのがトルコ人で、トルコ人は15世紀頃に今住んでいる土地に存続していたビザンチン帝国を滅ぼして乗っとたと歴史で教えている。また、古代のウイグル帝国は今のロシアのトゥヴァ共和国の周りにあった帝国で、人種も(科学的に遺伝子を調べると)今の中国でウイグル人と呼ばれている人たちとは別のようである。

しかし、最近のDNAのリサーチから見ると実は今のトルコ人は中央アジアの言葉を話しているかもしれないが、その遺伝子はビザンチン帝国の人たちのもので、古代ギリシャ人の子孫になってしまう。おそらく15世紀に、トルコ人の男性の侵略者たちの側に立って、トルコ語とイスラム教を自分の言葉として覚えた人たちが現在のトルコ人で、それに反抗していた人たちギリシャ人であろう。

こうして新しい”民族”が作られたのだろうと思う。

しかし、世界中を見ても、19世紀では大英帝国が強かった為に、それを真似して民族国家を作らなければいけなかったところが多いと思う。
僕のこないだ初演したOUTSIDE SOCIETYでドナルド・リチーの言葉『I NOW DOUBT THE VERY EXISTANCE OF WHAT YOU CALL A A NATIONAL IDENTITY. IN THIS UNIVERSE IT COULD BE A SERIOUS DELUSION.』を歌っているのはそのように民族国家アイデンティティーが人工的に作られたということを言いたかったのである。

(そもそも、「国家アイデンティティ」というのが、ほん
とうに在るのか、今や疑わしいもんだ。
(語る)この宇宙では、それは大真面目な妄想。)

トルコ人の遺伝子については次のところに詳しく書かれてある。

http://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people
これは抜粋:

The extent to which gene flow from Central Asia has contributed to the current gene pool of the Turkish people, and the role of the 11th century invasion by Turkic peoples, has been the subject of various studies. Several studies have concluded that the historical and indigenous Anatolian groups are the primary source of the present-day Turkish population.Furthermore, various studies suggested that, although the early Turkic invaders carried out an invasion with cultural significance, including the introduction of the Old Anatolian Turkish language (the predecessor to modern Turkish) and Islam, the genetic contribution from Central Asia may have been very small

https://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people

https://en.wikipedia.org/wiki/Turkish_people

2004年AyuoとEpoのデュオで録音した武満徹と秋山邦晴の『さようなら』

年末に『来年は、武満徹さんの没後20年です』と書いていた人が数人いた。これはもうすでに10年前の録音。まだ、聴いていない人はどうぞ聴いて見てください。以前にもfacebookにリンクをアップしたので、下記にその時の文書をコピーします。
——————————–
2004年にEpoと一緒に録音した武満徹と秋山邦晴の『さようなら』です。僕はブズーキと言う楽器をペルシャのセタールと同じチューニングにして弾いています。元の曲からは、かなり大胆なアレンジをしています。ビザンチン風で、ペルシャ風で、即興的です。元のコード進行は、そのヒントしか残っていません。そして、何よりもすごいのは、Epoの歌が詞の内容を心に伝わるように表現しています。しかし、これは28000円もするボックス・セットにしか入っていないのその録音をもっと多くの人に聴いて欲しいと思いました。この当時4曲武満さんの曲をEPOさんと録音しました。写真は1歳のAyuoと武満徹。

Eurasian Tango (He Needs Something To Believe In )について

ブズーキで2014年の11月のコンサートで演奏する予定の曲の一つ。来月はまず渋谷のLast Waltzで11月6日でコンサートがあります。そして埼玉で11月15日にあります。
https://www.facebook.com/events/551523468326563/

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=600120296753751&id=523623201070128

これは伝統的なレンベティカ(ブズーキの弾き語り)のスタイルで作った曲。この曲はアコーディオン・ソロ、あるいはピアノ・ソロ曲としてEurasian Tango No.3としても演奏されている。また、コンテンポラリー・ダンスの作品の音楽としても演奏されている。
次のリンクはイギリスのRichard Alston Dance company の公演からです。

https://www.youtube.com/watch?v=N-9bxqhXam4

The instrumental version of this song performed on accordion or piano is known as “Eurasian Tango No.3”
It is performed as a solo piece as well as with dance:

https://www.youtube.com/watch?v=N-9bxqhXam4

This version is performed by:

Ayuo: Vocals, Bouzouki, Bass, Lyrics and Music
Wataru Ohkuma (大熊ワタル): Clarinet
Keisuke Ohta (太田惠資).: Violin, Middle Eastern style singing
Clive Deamer: Drums, Turkish Percussion

Clive Deamer はイギリスのバースに住むドラマー。PortisheadやRobertPlantとの共演で知られている。

This was recorded by David Lord in Bath, England for Ayuo’s “Earth Guitar” CD

https://www.youtube.com/watch?v=HV3Zaw9DWPg

Knowing your own darkness is the best method for dealing with the darkness of other people.

数年前に、Ms. K というスペイン語件の女性が日本に住んでいた。Ms. Kは表面的には普通のインテリのように見えて、日本のトップ・クラスの大学で英語の助教授という立場を持っていた。オフィスには自分のデスクがあり、給料もかなり高かった。しかし、日本の社会と周りの人々に対する極端な怒りと普段出会っている人達の悪口を書く自分のブログを持っていた。これは相当極端なものだった。単なる悪口というよりも、火を吐く龍の猛毒だった。あまりにも、おかしなことが書いてあるので、時々見ていた。ここまで極端だと、いったいどのように心理が働いているのだろうと気になっていた。
一つ重要な事が気がついた。
感情的になって、人の事を批判している時という時は、実は自分の隠している面を見せている時だ。Ms. K と話した事があった人にその差別的な表現が多い彼女の文章を見せて、誰の文章か教えずに読ませれば、おそらく多くの人は、彼女の言う”村八分”をする”日本人”とは彼女自身の事を描いているのだと思うだろう。
心理学者のユングは昔の文章で、アフリカ領に住んでいた多くのヨーロッパの人たちは、アフリカ人をルーズで自分達のヨーロッパ人とは全く違うと批判する人々が多かったと書く。しかし、その人たちの姿や行動を見ると、まるで彼らの言うアフリカ人のように行動していた。本人たちはヨーロッパ製の高いスーツを着て、ヨーロッパの文明的な生活をしている気になっていて、それに気づかいないが、他のヨーロッパの人から見ると、彼らの批判するアフリカ人は彼ら自身の事を語っているように見えるとユングは書いていた。
日本に移住しようとと考える外国人や日系人には自分達の夢を持って来る人が多い。それは実際にはないもので、外から見るとあるように見えるものだったりする。そして、気が付くと自分の住んでいた元の場所と同じ問題の壁にぶつかってしまう。
Foreigners,
are curable romantics.
They retain an illusion from childhood
that there might be someplace
some magical land, some golden age,
some significantly other self.
(外国人は、治せる程度にロマンティスト。
子供の頃から抱きつづける幻想、
どこかに別の場所がある、と。
魔法のような国、黄金の時代が、
どこか、途方もなく遠い彼方にあるのだ、と。)
(Song by Ayuo from OUTSIDE SOCIETY based on words written in Donald Richie’s journal.
それぞれの国はもちろん違うが、その違いは初めは見えない。違っている部分は、そこに住んでいる人には見えないから、彼らも分からない。外から来た人は気づく。しかし、勘違いをしやすい。それは、その国に住んでいる人が無意識で考えて行動しているものが自分自身に見えていなかったりするからだ。外から来たアウトサイダーが、その内、その勘違いに気がついた時に、どうするか?
次の文章はこないだ演奏したOUTSIDE SOCIETYからのアンジェラ・カーターの文章。日本人の恋人、タローと過ごしに日本にやって来るが、口論した後に次の事が気づく。(日本語訳は原文の下記にあります。)
I was astonished to find the situation I
wanted was disaster, shipwreck. I saw his
face as though it were in ruins, although it
was the sight in the world I knew best and,
the first time I saw it, had not seemed to me
a face I did not know. It had seemed, in
some way, to correspond to my idea of my
own face. It had seemed a face long known
and well remembered, a face that had always
been imminent in my consciousness as an
idea that now found its first visual
expression.
So I suppose I do not know how he really
looked and, in fact, I suppose I shall never
know, now, for he was plainly an object
created in the mode of fantasy.
自分で望んだ状況が災いだったこと、座礁だったことに気付
いて、私は驚いた。彼の顔は廃墟みたいに見えた。それは私
が世界で一番よく知っている景色、初めて見た時から知らな
いとは思えなかった顔なのに。それは、なんとなく、私が考
える自分の顔というものを映し出しているように思えた。長
いこと知っていて、よく覚えている顔、いつも心の中にこみ
上げてはとどまる幻が、今初めて見える形をとって表れたよ
うな、そんな顔に見えたのだ。
だから、彼がほんとうはどう見える人だったか私は知らない
し、実際、これからも絶対わからない、と思う。なぜって、
彼は空想の形をとって創られた、ただのオブジェだったのだ
から。(きむらみか翻訳)
̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶
結局は自分の顔を外に映しだしていたという事に気が付く人は,、どれだけいるだろう?
アンジェラ・カーターの描く状況は、自分なりによく分かる気がする。
60年代にインドや東洋文化の文化に最初は憧れていたヒッピーたちの間から古代ケルト文化やトラディショナル・バラードの復活が起きた。遠い東洋文化に見ていた(エクゾティックな)夢を、自分たちの土地にすでにあった遠い昔の文化に移した。
“Knowing your own darkness is the best method for dealing with the darkness of other people.”
― C.G. Jung
(自分の内面に存在する暗い部分を知る事が、他人の暗い部分にどう対応したら良いかを知る最も良い方法だ。ー カール・ユング)
“Everything that irritates us about others can lead us to an understanding of ourselves.”
― C.G. Jung
(自分を怒らせる他人のする事は、自分の理解につながる。カール・ユング)