November 4, 2013 -四谷三丁目でライブのゲスト・パフォーマンス

November 4, 2013 - yotsuya sanchome 四谷三丁目でライブのゲスト・パフォーマンス

一週間前に初めて話しをして、土曜日に初めて会った大西穣 さんのライヴに呼ばれました。一週間後の月曜日に初めて一緒に演奏します。これからも一緒に演奏出来るかもしれない。四谷三丁目から歩いてすぐの場所も面 白そうです。もしも、お時間が空いていらしたら、遊びに来てください。久しぶりにギリシャの3コースのブズーキも弾きます。この楽器は日本の三味線とも似 ていて、戦後のギリシャのブズーキとは違う、独特な楽器です。ユーラシアン・タンゴ5番も久しぶりに演奏します。他には、ガーシュインの『How Long Has This Been Going On』や『Embraceable You』コール・ポーターの『Night and Day』やカーンの『The Way You Look Tonight』。

Monday, November 4, 2013

    • 6:00pm
      大西穣 ページより:
      11.4(祝・月)の cafereggioですが、ゲストにmusician’s musicianであるAyuoさんをお迎えします。世界各地の民族音楽、伝統音楽に精通しその上で新しい表現をなさっていて、ピーター・ハミ ル、フェアポート・コンベンションとの共演などで国際的に活躍してい るアーティストです。僕自身も先日地球屋でのライブを見に行き、非常に感銘を受けました。絶対素晴らしい夜になると思うので、是非4日の夜は四谷茶会記へ!https://www.facebook.com/events/164695443729801/?fref=ts
  • 四谷茶会記
  • 四谷の茶会記で行われているアコースティック音楽のイベント、
    cafereggio常連のhosenobuさんは現代的なセンスに優れ、本場のサンバのリズム感に満ちたブラジリアンを聴かせます。いつもどこかへ連れてってくれるパフォーマンスをしてくれます。そして今回初参加となる森川拓哉さん。ジャズのみならず、フラメンコやラテン音楽など民族音楽に精通してます茶会記は誰とでも気軽に話しかけられるところです。交流の場として祝日の夜に、ぜひぜひぜひ!<Live Act>hosenobu 大西穣 Ayuo 森川拓哉<Sound Designer> Ohashi Takara<Time> 開演18時(予定)<Fee> 1500yen (1drink付き)軽食のサービスもあります。四谷茶会記のホームページ。
    道順も書いてあります。
    http://gekkasha.modalbeats.com/

Ayuo – The Way You Look Tonight

海津 賢さんの自宅スタジオで録音させてもらった曲を『The Way You Look Tonight』アップしました。
歌はAyuo.
ピアノは僕の打ち込み。
キーボード・アレンジは海津 賢さんです。
日本では『今宵の君は』として知られているジェローム・カーン(『煙が目にしみる』の作曲家)の曲。
映像は昔のフレッド・アステアのダンス。
ゆっくりしたテンポで見ていても迫力があります。
理想的なパフォーマンスですね。

Ayuo – A Stranger

Protoolsで 一人で自宅録音2005年に録音した『A Stranger』をyoutubeにアップして見ました。
オリエント風のサイケデリック・エレクトロニカでしょうかな?当時はベリー・ダンスと共にこのような音楽をライブで演奏していた。
John Zorn のレーベルTzadikから発売しているCD『AOI』に入っています。
低い声のコーラスは粟津ケン。
ミックスは前田もとひこ。
それ以外の楽器を弾いています。
ブズーキ、シタール・ギター、ベース、ティン・ウィッスル、etc.
ソフト・シンセをたくさん使っている。ドラムはキーボードを手で叩きながら録音した。:

A Stranger

All instruments played and recorded by Ayuo on Pro-tools:
Ayuo: Bouzouki, Sitar-Guitar, Cornemuse, Electric Guitar, Bass, Soft Synths
(Chameleon 5000, Computer Muzys (Midi sequencing), DS 404, B4, imPOScar,
Sample Tank, Dalai Lama,) Fue, Tin Whistle, Darbukka, and voice.
Ken Awazu: Low Male Chorus on “A Stranger”
Maeda Motohiko: Mixing

うつ病の状態からどう抜け出せるか?

うつ病の状態からどう抜け出せるか?このテーマでアメリカのシンガー・ソングライター、ジュディ・ コリンズはいくつかの本をアメリカで出版している。ジュディ・コリンズは60年代の前半から活動していて、今年で74歳である。ついこないだも香港でコン サートをやっていて、世界ツアーをしょっちゅうやっている。とても元気で活動しているミュージシャンだ。
昨日、ジュディ・コリンズの本の一つを読んでいた。『The Seven T’s』.
人によってジョーゼフ・キャンベルの世界神話の本を読んだり、アンソ ニー・ロビンズの自己開発のテープを聴いたりして、自分が感じている問題の答えを人は探したりするという文書が本に書いてあった。それを読んで、気が付い た事があった。僕自身は本の中毒症になっている人だ。家は英語の本でいっぱいになっていて、どこに行っても、常にたくさんの本を持ち歩いて、空いている時 間は常に読んでいる。常に勉強しているというわけではない。そういう時もあるが、それだけではない。英語の文字を常に見ていないと気がすまない。アルコー ル中毒症とも似ている。ジョーゼフ・キャンベルの世界神話の本を読んでいる時もそうだと思った。
うつ病の状態から抜け出せる方法は色々と考えられるが、ジュディ・コリンズは自分の体験からやくに立った事を書いている。

これからの時代では、おそらく躁うつ病や自閉症の様々なコンディションが目立つようになって行くかもしれない。

ジュディ・コリンズの一人息子は躁うつ病で自殺してしまった。ジュディ・コリンズの父親はうつの状態になるとアルコールを飲み始め、アルコール中毒にな り、暴力を振るうようになって早く亡くなってしまった。ジュディ・コリンズの最初の夫の父親も躁うつ病で自殺してしまった。ジュディ・コリンズ自身も60 年代から様々なセラピー、フロイト、ユング、様々な瞑想のテクニーク、ヨガ、アレクサンダー・テクニーク、フェルデンクライス、クリシュナムルティ、マハ リシ・マヘーシュ・ヨーギーのトランセンデンタル・メディテーション等ありとあらゆる方法を体験してきた。一つの方法をやって見ては、また別のものを試す という状態だったと語る。

しかし、70年代のジュディ・コリンズは毎日アルコールを大量に飲んで暴れて、死にたいと叫んだりしていた。
ネガティブな状態そのものにも中毒になっていた。
しかし、ある日、自分の生き方を自分で変えるように努力を始めた。
うつ状態というのは、身体と脳内の化学的なバランスが崩れているところも影響していると気が付いた。
まずは、アルコールも抗うつ剤もタバコも全ての薬を止める。
そして、スポーツ・ジムに入り、エクササイズを始めた。
ランニング、水泳、をレギュラーに始め、自分に似合ったストレッチのエクササイズを記憶して常にやる。
そして、次のリストを書いた:

Exercise – a routine that keeps me fit
Eat Right – avoiding certain foods
Talk – to my friends
Write – in my journal
Practice – an instrument
Take action – make a list, even just a little action
Work – that is satisfying, productive
Learn – something new, a game, a song
Play – see a movie,dance,walk
Pray, Meditate

バランス良く生きる事だが、これは今の時代でシンプルそうで難しい事でもある。

ジュディ・コリンズの一人息子が躁うつ病で自殺してしまった時、彼女もうつの状態の入らないように大きな努力をした。
再びネガティヴな状態に入らないようには、まずスポーツ・ジムでランニングと水泳を普段よりも多くやって、脳内の化学的なバランスを自分で変えようと努力 した。体育は歌う事ともつながる。身体を良い状態する事によって歌のバランスもよく取れるようになる。これは僕も、近年よく気が付いてきた事だった。僕自 身もスポーツ・ジムでエクササイズとダンスをやる事によって、自分の歌やっている音楽や考え方も変化していった事に気が付いた。
ジュディ・コリンズはメンタル・ヘルスや自殺防止のコミュニティーでトークをする事を始めた。
最近アメリカで増えている乱射事件を起こしている人たちにも躁うつ病か自閉症の症状を持っている人が多い。
もっと情報を増やし、何かをしないといけない時代になって来た。
宗教もあれば、瞑想もあれば、精神セラピー、アレクサンダー・テクニークからヨガまで、様々な方法がある。
しかし、自分にとって何が必要かは、自分で見つけないといけないだろう。
人によっても症状も違う。重いひともいれば、軽い人もいる。
ジュディ・コリンズの本では、様々な経験からシンプルそうだが、自己訓練が必要な方法を描いている。

ジュディ・コリンズはとても深い内容の歌を冷静に、客観的に歌うことが出来る。それが、まず僕にとって大きな魅力だった。アルツァイマーで亡くなって行く 母を描いた歌でも、亡くなった息子を歌った歌でも、どこかのストーリーを語るように歌っている。感情移入しているように聴こえない。クリスタル・ヴォイス とよく言われている。歌詞を見ないとその内容が伝わってこないかもしれない。これがすごいと感じてしまう。
2012年のニューヨークのMETでのライブでもそう感じられる。

http://www.youtube.com/watch?v=e_8-SX-8Ne8

ジュディ・コリンズのseven Tsとは近くにいた人が自殺した場合に、それを癒すための7つのステップ:
Truth: Tell it. Don’t hide it
Trust: Allow it. Talk about your loss. Trust the people around you to give you the support you need,
Therapy: Get the help you need. Art, talk therapy, meditation, or a combination of those methods
Treasure: Treasure the memory of your loved one
Thrive: Keep living with eyes open. Don’t use alcohol to blunt or blur your sadness.
Treat: Nurture yourself. Take care of your body and mind with exercise.
Transcend: I will smile when I want to frown. I will start something new, something beautiful. Perhaps it will be painting, perhaps a poem. I will get up in the morning with energy and optimism.

そして、古代インドの文学、アメリカ文学、等から様々な本からの引用がジュディ・コリンの本に入っている。

If you open yourself to loss,
You are one with loss
And you can accept it completely –
Lao Tzu

It is ironic, but until you can free those final monsters within the jungle of yourself, your life, your soul is up for grabs. – Miss Rona Barrett: An Autobiography

The only way to escape from the abyss is to look at it, measure it, sound its depths and go down into it. – Cesare Pavese in “The Savage God” by Al Alvarez

You are deep in the woods, and you think you are lost; stop, look at the trees, the rocks, rivers-they are not lost. They are here. You are not lost. You are here. – From an old American Indian Story.

中世ヨーロッパのTroubadourの文学と中東の神秘思想

中世ヨーロッパのTroubadour、Minesinger、Trouvere、やMinstrelの吟遊詩人達の詩を皆さんは読んでいるでしょうか?あるいは、その延長線にあるイギリス民謡やアイルランド民謡等の詞をどれだけ見ているでしょうか?

中世ヨーロッパのTroubadour(吟遊詩人)は世界文学において最も重要な文化的な革命を始めた、と神話と文学の研究者ジョーゼフ・キャンベルは様々な本によく書いている。世界中の文学を見ても、中世ヨーロッパのTroubadourが表している世界観は、その延長線上に書かれているものではない限りなかった。日本文学に抜けているのも、このような表現だと僕は思う。日本の中世の文学や詩に一見近いような世界が見えても近寄ると全く別のものだと分かってしまう。
それでは、どうして中世ヨーロッパのTroubadourの文学は、それまでにない世界観を描くことが出来たのか?それは、勘違いから始まっていた。十字軍の中東の侵略以後に、スーフィー教(中東の神秘思想)の影響がヨーロッパの文学に浸透した。しかし、いつの時代でもそうであるように、別の文化のものが輸入され ると元の文化と別のものになってしまう。The Sufis(スーフィー達)という本で、Grand Sheikh Idries Shahは”the sufi stream was partially damned…Certain elements, necessary to the whole remained almost unknown.”(スーフィー達の語っていた意味が部分的に失われた。。全体に必要な、いくつかの要素はほとんど知られていなかった。)と書いている。中世ヨーロッパのTroubadour達には、中東や西アジアよりも個人主義(individualism)の伝統がすでに出来ていて、Loveという言葉にはキリスト教のLoveの意味が含まれていた。だから、当然にペルシャのスーフィー教の文学に別の読み方をした。しかし、これが文学に革命を起こした。Danteの『神曲』、Gottfried von Strassburgの『トリスタンとイゾルデ』、Wolfram von Eschebnbachの『Parzival』(パルシファル)にもその影響は強く出ている。そして、西ヨーロッパの民謡や民話にも、その伝統が強く出るようになった。
この最近、僕がレパートリーにして歌っているガーシュインやコール・ポーターの歌にもその伝統は詞に残っている。西洋の文学の伝統に深く入っている。しかし、それを日本語に翻訳するとどうしてもなっとくいかない。なぜだろう?それは、日本語の宮廷文学に、その伝統がないからだと思う。近いものにしか翻訳出来ず、それには”何かが違う”という印象がどうして残ってしまう。源氏物語にも、日本の中世文学にも江戸時代の近松にも一見、近そうなものは見えても実際は違っていた。
言葉の意味だけではなく、身体で、その文化的なバックグラウンドを感じないと、言葉は別の意味を持ってしまう。
ハワイのように、バイリンガルな文化を持つ事が出来れば、別の文化(ハワイの場合はフラの曲の背景にあるハワイ独特の文化と英語文化)を同時に理解する事が出来るだろう。日本で今それが、どのように出来るかは、中々見えづらい。
英語で禅仏教(Zen Buddhism)の本、俳句や日本文学の本を読んでいる人はどれだけ日本にいるだろうか?
大部分は美しく書かれている。
僕はこうした文学は最初英語で読んでいた。そうすると、アメリカの60年代で流行ったようなサイケデリックの響きがする。なぜかというと、ビートルズ、やウッドストック世代のヒッピー達がこうした本に影響を受けていたからだ。読み方は、伝統的な文学を日本で読むのと当然違っていた。Gary Snyderというビートニック世代のアメリカの詩人は、アメリカで英語で禅仏教の本を読んで日本に来た人のほとんどは日本に来てがっかりするとあるインタビューで語っていた。アメリカのある世代にとっては、禅のようなオリエントのものは”自由”を表していた。それはコンサーバティブなキリスト教の社会からの自由を表していた。しかし、日本にやってくると、想像していたヒッピーやビートニックの”自由”ではなく、別の様々な制限を経験してしまう。その時に”騙された”と感じてしまうのだ。

アンサンブル・クラスの発表会

今月は、僕の教えている尚美学園のアンサンブル・クラスの発表会をあります。曲目は一つのクラスがBjorkの『Hyperballad』、Genesisの『The Lamb Lies Down On Broadway』、Sadeの『Paradise』とAyuoの 『Eurasian Tango 5』になりました。もう一つのクラスはErika Satie の『Je TeVeux』、Carol King の『Will You Love Me Tomorrow』、David Bowieの『Modern Love』とAyuoの『Standing at the Edge』になりました。秋は来年のクラスの事を考えて、決める時期でもあります。僕は自身は1990年から武蔵音楽院、日本電子専門学校、Vantanとこの尚美学園でアンサンブルの他、20世紀音楽史、ワールド・ミュージック研究、文化社会研究、フィルム・スコアリング、英作詞、ソング・ライティング、ヴォーカル学科用のレパートリー研究等を教えてきました。今後も教えて行きたいと思っております。講師が必要なところがありましたら、是非連絡をください。

Ayuo – Different Languages

Ayuoのオープン・チューニング・ギターと歌の演奏。1997年のライブ。イギリスやアイルランドのトラディションナル弾き方やバグパイプやフィドルの指使いを使っている。ブリティシュ・トラッドや中世ヨーロッパ音楽をやっていた事によって学んだ弾き方。このような弾き方も僕のギター・レッスンで教えています。興味ある方は連絡をください。この曲は、2000年のCD『EARTH GUITAR~千の春の物語』(MIDI)に収録した時に少しアレンジを変えた。

これは2007年位に作ったCM曲

これは2007年位に作ったCM曲。坂本龍一のある音源を聴いて、それと似ている雰囲気の物をアイリッシュ・ハープや中世ヨーロッパの楽器を使って作ってください、という依頼だった。このような依頼は時々あった。Notationのソフトウエアを使って2曲ほどのスケッチを作曲して、それをMIDI音源に変換して、ProToolsでMIDI音源の上にアイリッシュ・ハープ、コルナミューズ、プサルトリー、シタール・ギターを重ねた。曲が決まった後、スタジオで生楽器を取り直して、上野洋子さんのコーラス・ヴァージョンも録音した。こうしたアレンジやこのような楽器が必要な方がいらっしゃれば、いつで連絡をください。

Donald Richie Reader

Recommended Books
Donald Richie: Viewed Sideways
Donald Richie Reader

最近読んでいるもので、僕が一番面白いと思っているのはDonald Richie(ドナルド・リッチ∸)のエッセイ集やジャーナル。
以前にIan Burumaの本を推薦したが、同じ人たちにDonald Richieの90年代から2000年代に書いていた文書を推薦したい。彼は自分と最も近い感じで物事を見ていたのだと、読んで初めて分かった。彼は数回会った事があった。
最初は、ニューヨークのMOMAで僕が小学生の頃に勅使河原監督の映画を見せた時だと思う。彼は当時MOMAのフィルムのキュレーターだった。最後に少し 話した時は、藤枝守のシアターχ(カイ)でのコンサートのロビーでだった。彼は日本で1947年から今年の2月に亡くなるまでの大部分の人生を暮らした。 小津 安二郎、溝口健二や黒澤明の映画を国際的に紹介し、いけばなの本から日本の文化の様々な本を書いていた。自分でも映画を作り、小説や短編小説を出版してい る。映画の役者としても勅使河原の『利休』に出演している。彼は60年も日本に暮らしていて、その文化は、普通の日本の人よりも数倍にも知っていたが、最 後まで”外人”として生きていた。日本では、外人としか見られなく、周りから同じ仲間として見られていない環境に住む事が、彼にとって自由に生きる事だっ た。彼は自分が同化出来なく、そういう事が許されない場所を自分から選んで生活していたのだ。本のタイトルにも”Viewed Sidewaysー Writings on culture and style in Japan”『横から見る現代日本の文化と様式』と名づけられている。日本では、物事を”Kata”(形)にはめ込んで、やって行くことが多い。能や文楽 や歌舞伎のような伝統芸能を見ても、西洋のShakespeareの演劇を演じるのと一番大きな違いはディスカッションが少ない事。このキャラクターは、 このように感じて、行動していると分析するよりも先に”Kata”(形)を学んで行動している。中身よりもまず形を大切にする。個人的な気持ちよりも、全 体の”和”(調和している事)を大切する。”Viewed Sideways”では日本のテレビやファッションから水商売、そして”外人”として日本に住む事についてのエッセイが書いてある。
これは音楽にも、ファッションにも、様々な文化にも未だに影響している。僕自身も日本に暮らして、周りと同じように物事を考えて見ている環境にいないと常 に感じたりしている。これは外見が”外人”だからだけではない。彼の文書を読むと、自分もドナルド・リッチ∸と似ているような感覚で、物事を横から見てい たと分かってくる。僕はドナルド・リッチ∸とは世代としては離れている。自分はIan Burumaの方に世代的に近いと文書を読んでも分かる。(Ian BurumaとDonald Richieは友達で本を一緒に書いている。)
二人の本を読みながらも、これから日本でどう生きて行こうかと、僕は考えている。
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