英語詞と日本語詞の違い

最近、言葉と音楽について考えていた。80年代に、僕がまだMIDIのアーチストだった頃に、吉田美奈子さんと英語詞と 日本語詞の違いについて話した事があった。吉田美奈子さんは、英語詞では、ダブル・ミーニングやアイロニーが使えて、言葉に一つの意味だけではなく、はっきりと物事を言っていそうなに見えても、二重にも三重にも意味を持たせる事が出来るが、日本語詞でははっきりと物事を言っていなさそうに見えながら、実は一つのはっきりとした意味があると言っていた。これで、僕にとって、あるミステリーが分かった気になった。
英語詞を日本語に直訳すると押し付けがましい感じがするため、その元の曲のイメージさえも変わってしまう。英語詞とは響きでもある。聴くものとして作られている事が多い。シェークスピアの劇が英語で唱えるだけで音楽に聴こえるのは、響きやリズムを考えて作ってあるからだ。ロックでもラップでもそうだ。
また、大人の思考は言葉を使って考えている。言葉を習う子供を見ていると、言葉を覚えるための基礎は持っていたり、意思を表明するためのコミューニケーション機能は持っているが、実際に何語を話すようになるかは育った国によるものだ。これは様々な言語学者や生命科学者がすでに、書いていることだ。15歳頃までアメリカで過ごしたものは、その育った環境の言葉を話す。(英語が殆どだが、プエルト・リカンのコミュニティーや中華街の人々は、その先祖の言葉を話している場合もある。)
僕の場合は、英語でしか思考が動かない。音楽を作る時でも、まず英語で言葉を書く。そして、それに音を付けて行く。歌の曲だけではなく、ピアノ曲であっても、弦楽四重奏曲であっても、CMのインストの曲であっても、映画の為のインストの曲でもそうだ。英語の言葉を使ってイメージを描く。直接メロディーや音楽が頭で響いた覚えがない。言葉で考えないと、音も浮かばない。これは歌詞を考えるという事とも違う。意味を考える事とも違う場合がある。リズムかもしれない。イメージかもしれない。いくつかのそういった要素を同時に言葉に持たせているのかもしれない。
しかし、詩の朗読のように音楽を考え、それを演奏家に渡すと、それが伝わらなかったりする。自分が演奏する時は、テンポのその時の気分で遅くしたり、ダイナミックスを上げたり出来るが、その指定を全て譜面に書いてしまうと、結果的に想像しているものとは別の響きになる事もよくある。それはその言葉でイメージしていた事が見えて来ない場合だ。
90年の頃に、日本のポップスの曲を頼まれた時も、最初英語で言葉を書いてから、その周りに曲が浮かんできた。日本のポップスでは、メロディーが先に作られ、それに合わせて作詞家が付ける事が多いので、僕の詩は最終的には使われていないが、言葉を書いていなかったら、音も作れなかった。

80年代の頃に、『日本人の方が英語のロックを理解する事が出来る。何故ならば、内容の意味が分からないから音がより分かるのだ』と僕に語ったミュージシャンがいた。これは歌詞が邪魔だとという意見ともつながる。しかし、日本語では一つの意味しか考えられない事が多いとなれば、一つの詩で様々な意味のメタフォアが作るのが大変になる。そして、歌詞が一つの意味を押し付けているように見えるようになる。
しかし、意味がない行動は、はたしてあるのだろうか?動物は必然性のない事をしない。スティーヴン・ピンカーのような言語学者が動物の言葉(音)の使い方についても研究するのは、その意味を探っているからだ。例えば『ゴロゴロドー、ゴロゴドゴド』等のヒキガエルの響きを聴いたとしても、言語学者にとっては、その意味を研究する。
中国と日本語が日中国交正常化した時に、中国の首相、周恩来は田中角栄首相に、『漢字を日本に伝えてしまってすみません』と言った話を読んだ事がある。漢字を読む事によって、同じ響きで別の意味を言葉で持つ事も難しくなったりする。人はみんな意味を重視してしまう。だから、言葉がよけい重い物になってしまう。これが日本語の不幸だと僕には思えてしまう。韓国がハングル文字を中心にしたように、ひらがなやカタカナで何とか出来なかったものか?今からでも遅いのか?

ショスタコーヴィチのオペラとソ連の人体実験

ナチズムやファシズムを独裁政権の代表として描かれることが最近でも多いが、レーニン、トロツキー やスターリンの国家も凄まじいものだった。ショスタコーヴィチのオペラで2004年に発見されて、2011年の12月にLos Angeles Philharmonicで初演された『Orango』はソ連で1925年から行っていた人体実験がテーマになっている。1923年のトロツキーの文書 『Literature and Revolution』では、未来の人間は人口的な方法や心理操作も利用しながら、よ り強い人間に進化していくだろう、と書いていた。ソ連政府は、人工受精で競馬等でも勝てる強い馬を作るのに成功していた科学者Ilya Ivanovに、1925年から資金を渡し、人間と猿の混血人種を作る計画を進めていた。スターリンの故郷グルジアで、人体実験の為に捕まえた女性にチン パンジーやオランウータンの精子を人口受精で入れ、新しい人種を作る予定だった。この実験によってより強い労働者が生まれると期待されていた。しかし、 Ivanovは失敗を繰り返していた。1930年にソ連の政府の方向性が変わると、彼は捕まり、カザフフスタンに送られ、1932年に亡くなった。 1932年にパロディー作品として、この人体実験についてAlexander Starchakov が物語を書いてから、それをAlexei Tolstoyと共にオペラの台本にして、ショスタコーヴィチが作曲をし始めたが、また政治状況が変わり、Starchakovも捕まり、1937年に死 刑になった。ショスタコーヴィチは交響曲5番を作曲する事によって身の危険性から救われた。
人体実験は、しかし、スターリンの時代中にモスクワのLubyankaで行われていた。

ウイキペヂアでは、この作品の台本について次の事がかいてある:台本はトルストイとスタルチャコフによって書かれた。台本の素材として、医学実験によって 人間と猿のハイブリッドが生まれるというスタルチャコフ自身の作品が選ばれている]。半猿半人の主人公という筋は、ロシアの生物学者であるイリヤ・イワノ フが行った人間と他の霊長類との融合の試みからインスピレーションを得たとされる。マクバーニーによると、オランゴという題名は、オランウータンという言 葉を示唆しているとされる

イギリスの哲学者、ジョン・グレイは、この実験について、彼の本『Black Mass』で書いている。

最近は中国でも、生命科学を使った実験が続けられている。
スロベニアの思想家スラヴォイ・ジジェクの本『Living in the End Times』によると、西洋では、遺伝子工学に対しては道徳の問題が持ち上げられ、論争になってしまうが、中国のBeijing Genomics Institute や上海のクリニックではちゃくちゃくとモラルの論争がなく進んでしまう。そして、あまりメディアでは情報が出てこないが、アメリカの資金も今や中国の化学 実験室に送られている。2008年では、初めて全く人工的なゲノムが作られた。それによって、今まで地球上に存在しなかったバクテリアを生み出す事が可能 になった。これは、まず、石油に取って代われるような人工的な燃料を作ることに使われたり、温室効果ガス を吸い上げる方法を発見するのに使われるだろうと言われている。しかし、同時に、こうした発見で、今まで地球上になかったウイルスが作られたり、地球上に 存在しなかった生き物が作られてしまう可能性もある。人間が人間である限り、どうなるか分からない。常に危険性がある。
生命科学者によると、今までの地球上の生物は全て同じRNAを先祖に持つと言われている。これは、バクテリア、植物、動物にしてもそうだと言われている。今まで存在しなかったバクテリアが生まれて、広まるとどうなるか分からない面がある。
アメリカでは、14歳で核融合の実験に成功したTeenagerがより安全な新しい原子力発電所を発明したと5月のtech tech news dailyで発表されていた。

http://www.technewsdaily.com/18057-safe-nuclear-power-plant-for-space.html

自然の資源の争いが、戦争を引き起こしている今の時代に、必死で、新しいエネルギーの方法を見つけようとする様々な人々がいる。それぞれの道にも、危険性もあるが、歩みながら、道を開いていかなければ行かないだろう。

Night and Day by Ayuo

『night and day』を歌っているVideo Clip です。
明日、この曲も演奏します。
11月には、新潟で面白いイベントのお誘いを受けました。
2年前に、ローマのネロ時代の料理を再現する会を、新潟のホテルでイタリア料理の専門学校をやっていらっしゃる横山しのぶさんが企画して、それに呼んで頂きましたが、今年の11月はローマ時代よりもさらに前にさかのぼって、イタリアに古代に住んでいたエトルリア人をテーマに料理と,僕と立岩潤三さんの演奏の会をやります。横山しのぶさんから頂いたメールでは、『エトルリアの壁画を見ているとどうしても「楽しい気分」になってくるのです。壁画にある人物はどれも幸せそうで、楽しそうで……なので、サブテーマとして「ダンス」を希望します。『Night and Day』も、ぜひ演奏して頂きたいです。』と書いてありました。この曲はコール・ポーターはモロッコに旅をした時に、太陽の神と月の女神・・中東の古代に魅せられて、作曲した曲なので、古代神話のテーマと不思議にマッチングします。(ここでのキーボード・プログラミングは、海津 賢さんです。)ありがとう。