Knowing your own darkness is the best method for dealing with the darkness of other people.

数年前に、Ms. K というスペイン語件の女性が日本に住んでいた。Ms. Kは表面的には普通のインテリのように見えて、日本のトップ・クラスの大学で英語の助教授という立場を持っていた。オフィスには自分のデスクがあり、給料もかなり高かった。しかし、日本の社会と周りの人々に対する極端な怒りと普段出会っている人達の悪口を書く自分のブログを持っていた。これは相当極端なものだった。単なる悪口というよりも、火を吐く龍の猛毒だった。あまりにも、おかしなことが書いてあるので、時々見ていた。ここまで極端だと、いったいどのように心理が働いているのだろうと気になっていた。
一つ重要な事が気がついた。
感情的になって、人の事を批判している時という時は、実は自分の隠している面を見せている時だ。Ms. K と話した事があった人にその差別的な表現が多い彼女の文章を見せて、誰の文章か教えずに読ませれば、おそらく多くの人は、彼女の言う”村八分”をする”日本人”とは彼女自身の事を描いているのだと思うだろう。
心理学者のユングは昔の文章で、アフリカ領に住んでいた多くのヨーロッパの人たちは、アフリカ人をルーズで自分達のヨーロッパ人とは全く違うと批判する人々が多かったと書く。しかし、その人たちの姿や行動を見ると、まるで彼らの言うアフリカ人のように行動していた。本人たちはヨーロッパ製の高いスーツを着て、ヨーロッパの文明的な生活をしている気になっていて、それに気づかいないが、他のヨーロッパの人から見ると、彼らの批判するアフリカ人は彼ら自身の事を語っているように見えるとユングは書いていた。
日本に移住しようとと考える外国人や日系人には自分達の夢を持って来る人が多い。それは実際にはないもので、外から見るとあるように見えるものだったりする。そして、気が付くと自分の住んでいた元の場所と同じ問題の壁にぶつかってしまう。
Foreigners,
are curable romantics.
They retain an illusion from childhood
that there might be someplace
some magical land, some golden age,
some significantly other self.
(外国人は、治せる程度にロマンティスト。
子供の頃から抱きつづける幻想、
どこかに別の場所がある、と。
魔法のような国、黄金の時代が、
どこか、途方もなく遠い彼方にあるのだ、と。)
(Song by Ayuo from OUTSIDE SOCIETY based on words written in Donald Richie’s journal.
それぞれの国はもちろん違うが、その違いは初めは見えない。違っている部分は、そこに住んでいる人には見えないから、彼らも分からない。外から来た人は気づく。しかし、勘違いをしやすい。それは、その国に住んでいる人が無意識で考えて行動しているものが自分自身に見えていなかったりするからだ。外から来たアウトサイダーが、その内、その勘違いに気がついた時に、どうするか?
次の文章はこないだ演奏したOUTSIDE SOCIETYからのアンジェラ・カーターの文章。日本人の恋人、タローと過ごしに日本にやって来るが、口論した後に次の事が気づく。(日本語訳は原文の下記にあります。)
I was astonished to find the situation I
wanted was disaster, shipwreck. I saw his
face as though it were in ruins, although it
was the sight in the world I knew best and,
the first time I saw it, had not seemed to me
a face I did not know. It had seemed, in
some way, to correspond to my idea of my
own face. It had seemed a face long known
and well remembered, a face that had always
been imminent in my consciousness as an
idea that now found its first visual
expression.
So I suppose I do not know how he really
looked and, in fact, I suppose I shall never
know, now, for he was plainly an object
created in the mode of fantasy.
自分で望んだ状況が災いだったこと、座礁だったことに気付
いて、私は驚いた。彼の顔は廃墟みたいに見えた。それは私
が世界で一番よく知っている景色、初めて見た時から知らな
いとは思えなかった顔なのに。それは、なんとなく、私が考
える自分の顔というものを映し出しているように思えた。長
いこと知っていて、よく覚えている顔、いつも心の中にこみ
上げてはとどまる幻が、今初めて見える形をとって表れたよ
うな、そんな顔に見えたのだ。
だから、彼がほんとうはどう見える人だったか私は知らない
し、実際、これからも絶対わからない、と思う。なぜって、
彼は空想の形をとって創られた、ただのオブジェだったのだ
から。(きむらみか翻訳)
̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶
結局は自分の顔を外に映しだしていたという事に気が付く人は,、どれだけいるだろう?
アンジェラ・カーターの描く状況は、自分なりによく分かる気がする。
60年代にインドや東洋文化の文化に最初は憧れていたヒッピーたちの間から古代ケルト文化やトラディショナル・バラードの復活が起きた。遠い東洋文化に見ていた(エクゾティックな)夢を、自分たちの土地にすでにあった遠い昔の文化に移した。
“Knowing your own darkness is the best method for dealing with the darkness of other people.”
― C.G. Jung
(自分の内面に存在する暗い部分を知る事が、他人の暗い部分にどう対応したら良いかを知る最も良い方法だ。ー カール・ユング)
“Everything that irritates us about others can lead us to an understanding of ourselves.”
― C.G. Jung
(自分を怒らせる他人のする事は、自分の理解につながる。カール・ユング)
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